Tomoko Sauvage - Musique Hydromantique

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最近あまりエレクトロ・アコースティックに類する音楽を聴いていなかったのですが、良い出会いきました。以前から名前は目にしていた横浜出身パリ在住のアーティスト、Tomoko Sauvage(知子・ソヴァージュ)。CD-RことNikita Golyshevの主宰するロシアのネットレーベルで、Kenneth KirschnerやKevin Drummの作品も擁するMusica Excentricaからの登場を皮切りにアヴァンギャルドサウンドアートの名所、and/OAR傘下のeither/OARからファースト・ソロアルバムを出すなど、2000年代後期から活動の幅を広げていましたが、今年までしばらくリリースが途切れていました。しかし、遂に制作面も完全復活、Bartolomé SansonとFélicia Atkinson主宰のフランスの名レーベル、Shelter Pressからセカンド・ソロアルバムが登場することになりました。

座右の銘は「笑う門には福来たる」。横浜で育ち、パリを拠点に活動するミュージシャンにとって、音楽への目覚めは早く、四歳でクラシック・ピアノを習い始めたそうです。しかし、プロフェッショナルなキャリアへの考えは、彼女の両親と教師との方向性の違いで阻まれていました。なので、海外進出を考えて彼女は外国語を専門とする高等学校で、英語(10時間)とフランス語(4時間)を勉強し、国際基督教大学では、リベラルアーツ教育を受けていましたが、両親からの卒業しろという説得も乗り越えてニューヨークへと飛び出し、同市のニュースクール大学で、ジャズとコンテンポラリー・ミュージックを学ぶ道を選んだようです。多くの点で、自由の探求は彼女の人生の原動力でした。

彼女は長年にわたって、パフォーマンスの練習をウォーターボウルで収めてきました。彼女の発明である"the natural synthesizer"を用い、作曲する際は、磁気ボウルを水で満たし、ハイドロフォン(水中マイク)で増幅するそうです。ソヴァージュは10年以上にわたり、フランスの様々な州の水や、陶磁器の水や電子機器と組み合わせた水の健全性や視覚的な特性を調査してきました。その水滴や波、そして泡は、彼女が流体音色を生成するために演奏してきた要素の一部と言えます。 2010年頃からは、水の量、微妙な音量調整、音響空間との相互作用に応じて微調整が必​​要な音響現象である疎水性フィードバックに夢中になっていたようです。

さて、本作の紹介に入りますが、本作もシンセサイザーとハイドロフォン(水中マイク)で増幅された作品。最初の曲の"Calligraphy"は、昔の繊維工場で、純正なエコーチェンバー現象を用いて、約10秒のリバーブを録音しています。ひたすらミニマルな展開、反響音と水の音が共振して生まれる無限の運動が延々と続いていき、残されるのは虚無的な音響空間の孤独、しかしピッチベンドされ、徐々に移り変わりゆく空間の変遷に日本人らしい引きの美を感じます。二曲目"Fortune Biscuit"は、「ビスケット」(多孔質のテラコッタ)から放出される泡に関する楽曲。表面の質感に応じて、各ビスケットは異なる音を生み出しています。ひたすら地味な展開ながらも、ミニマリズムの真骨頂といった風情、薄い膜で出来たノイズのようなあぶくが機械のように駆動し、高いテンションと低いテンションを行き来する。徐々にミニマルから僅かな展開が見えてくるもののラジコンの電池が切れるように止まってしまう。何かが果たされていくというよりは、終わっていくという示唆的なサウンドスケープ。ラストの大曲"Clepsydra"( "水時計"を意味する)は、彼女のクラシックのテクニック、水を垂らしつつのランダムに鳴らされるパーカッションを特徴としています。 水を加えたり取り除いたりして、水面弓を調整して、グリッサンド奏法を用い、絶えず変化する調子でバランスポイントを見つけていくという手法です。感触としてはフリージャズの即興に近く、ドローンの気流がミックスの高位置で鳴り続ける中、水滴がパーカッションを弾いた音とその反響以外はまるで無人の様相。しかし不思議と熱量が感じられる。楽器の完全な共鳴を好感して、アルバム全体で遅延が支配的になっています。全体を通して、テクスチャーには統一感があり、冷たい金属質の感触が好きな人にはたまらないアルバムのハズ。全てのトラックは電子的なエフェクトや編集なしでライブ録音されている気合の入りっぷりです。アルバムは、夜間または朝早くに録音されており、一日の終わりに聴かれることを想定しています。そして、PANやRVNGなどの先鋭レーベルに欠かせない名技師、Rashad BeckerによるDubplates&Masteringでのマスタリングというのも熱いですね。今年の下半期に聴いた作品の中では、最も好きな部類です。