V.A. - Sweet As Broken Dates: Lost Somali Tapes from the Horn of Africa

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実際、オリエンタリズムやエキゾティシズムみたいなものの正当性とかは別として、一音楽リスナーとして、辺境モノの音楽ってやっぱりそそりますよね。筆者もナイジェリアのブギーやエチオピア演歌を聞くのが大好きなんですが、今回は大西洋からインド洋にかけての秘境グルーヴを探索する気鋭レーベル、Ostinato Recordsから発掘された、アフリカの角ことソマリアソマリランドも含む)の音楽のコンピレーションを紹介します。

ソマリアというと海賊の巣窟という印象が日本人には強いんじゃないでしょうか。実際ジブチには自衛隊が派遣されていますし、いい印象を抱く人は少ないと思います。

さて、その原因となったソマリアの歴史はなかなかに泥まみれです。海賊で有名なソマリアは昔はソマリランドと言いました。北半分は英国領で、南半分はイタリア領でした。1960年にまず英国領が独立し、同じ年にイタリア領も独立、合併してソマリアとなりました。強力な独裁政権が全土を抑えている間は統一が保たれていましたが、これが弱体化して、昔の領土問題が再燃し、1991年には北の旧英国領ソマリランドが「ソマリランド」として独立宣言を行いました。これを機に、南も各部族ごとに分裂して、手のつけられない内戦状態に陥って現在へと至ります。

1988年、ソマリア権威主義者であるモハメド・シアド・バーレは、20年間にも及ぶこととなる内戦の前夜、ソマリランド空爆を、ソマリランドの独立を叫ぶデモに応じて開始しました。バーレはソマリランドの首都 ハルゲイサの首都機能を壊滅させるために、ラジオ局、Radio Hargeisaをターゲットにして、組織抵抗が可能なあらゆる種類の中央通信システムを妨害しました。爆撃は全都市を焦土に帰してしまいました。ソマリアのラジオ事業者と音楽関係者たちは、攻撃が差し迫っていることに対して、半世紀に渡って歴史を紡いできたソマリ音楽の保存を企図しました。何千ものカセットテープやマスターリールが爆撃対象となる建物から迅速に取り除かれ、それらはジブチエチオピアのような近隣諸国に分散され、強力な空爆にも耐えるために地面に深く埋められたとのことです。

これらの録音物は空爆を耐え抜き、最近になって外国の避難所から発掘・回収されました。これらの録音物の一部は、ソマリランドの首都であるハルゲイサで、ソマリア音楽の世界最大のカセットコレクションである紅海基金に10,000本が保管されています。これらをレコード化することとなるOstinato Recordsのチームは、アーカイブの大部分を電子化し、ソマリアのミュージシャンのスタイルとそのパノラマの多様性を明らかにすることとなります。インド洋での何千年にも渡る交易の歴史の中で、アラビア半島ペルシャ、インド、東南アジア、さらには中国の文化までもが彼らのメロディーやスケール、サウンドをソマリアの音楽へと影響を与えてきました。ここに収録されたトラックは、滅多に明らかにされることのない世界の文化的交差点を描いた鋭いイラストと言えるでしょう。

アーカイブは、ソマリアの首都モガディシオが「インド洋の真珠」と呼ばれ、輝いた70年代と80年代の世界を現代に呼び起こす一枚として記録されました。インド洋を見下ろすような建築と三日月のビーチが象徴的なモガディシオでは、Iftiin Band、Sharero Band、Dur Dur Bandなどといった若いバンドが東アフリカの最もエレガントなナイトクラブで観客を魅了し、Waaberi Bandは国立劇場で多くの賞を受賞したそうです。かつてのモガディシオナイトライフ文化は豊かで盛況で、Mahmud "Jerry" HussenやFaadumo Qaasim、Hibo Nuura、Sahra Dawoなどの魅力的な女性歌手が世間を謳歌しました。

ソマリアの音楽の黄金時代は、奇妙なことに、音楽産業を国有化して効果的に利用しようと目論んだ社会主義軍事独裁政権下で発生していました。音楽は全国のラジオ局のために記録され、公衆放送やライブ演奏を通じてのみ放映されており、個人レーベルは事実上存在せず、実際にこれらのレコードが大量生産されたことはほぼ無いそうです。ほとんどすべての録音素材は、元のマスターやラジオ放送のための手作り録音からのもので、結果、そのほとんどはソマリア以外の地域では滅多に耳にされることが無かったそうです。

このレコード化のプロジェクトのために、Ostinato Recordsはチームをモガディシオハルゲイサジブチ、そしてヨーロッパ、アメリカ、中東のソマリアの難民の元へと派遣し、ミネソタ州からモガディシュ州、マレーシア州まで、ミュージシャン、ソングライター、作曲家、元政府関係者などの人物を追跡しました。彼らからの貴重な情報は、この作品に付属する15,000語のライナーノーツで明らかとなり、それはこの時代のソマリア音楽をカバーする唯一の文書だとも言えます。内戦前のソマリアの音楽と同様に、選曲は汎ソマリアの音にも焦点を当てており、ジブチなどアフリカの角の大部分に広がる、国境を越えたソマリ語文化を記録しています。ティラフン・ゲセッセやマフメド・アフメッドなどに代表されるエチオピア歌謡の影響も受けているとされるソマリアの音楽は、非常に洗練されていて、奥深さがあり、これは筆者にとっても新たな発見でした。今回の編集作業は、戦争、暴力、著作権侵害、永続的な脅威の幽霊から切り離された、ソマリア人の正しいイメージ、歴史、アイデンティティを復活させるにふさわしい出発点となるでしょう。