First half of 2019 : Best 30 上半期ベスト

今年もやたら暑い日々が続いていますね。すっかり遅くなって8月ももう既に2週目に入ってしまいましたが、5月から書き溜めていた上半期ベスト、ようやく仕上がりしました!水面下で進めている事や仕事も相まって忙しくなかなか書けていなかったんですが、ようやく今日思い立って徹夜して書き終えました。今年の上半期は本当に良い作品と今まで以上に多く巡り会い、50枚は載せたかったのですが、今回はついついやる気スイッチが入って一作辺りの文字数がやけに多くなったため、合計で20000字を超えてしまい、30作で妥協したといった感じです。読み進めば進むほど文章が長くなります。今回も掲載アルバムは1レーベルにつき1作品まで。全ての曲がストリーミング配信されているわけではありませんが、Spotifyのプレイリストも最後に付けておきます。長いことでお馴染みの僕のベストもいつも以上に長いですが、楽しんでお読みいただければ幸いです。

30. Selm『Kreise』(Opal Tapes)

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最近のOpal Tapesは何か完全にはしっくり来ないなと思っていたところにかなりの良作が出てきてビックリした1本です(この時は金が無くてカセット版は買い逃してしまいましたが)。エレクトロニック・デュオ、Rony & Suzyとしても活動してきた兄弟デュオの最新作。Modern Loveから出ても違和感のないエクスペリメンタルなダンス観と、ポスト・インダストリアルの狭間で、硬派なミニマル・テクノ&ノイズ・サウンドを披露している秀逸作。ミステリアス&アトモスフェリックな音世界はある意味瞑想的であり、没入感もたっぷり。カセット・シーンらしいローファイな味わいの中で、バッキバキのノイズからストイックなテクノがスレ違う、絶妙に心地好い空気感に包まれていきます。ShapednoiseやViolet Poisonが好きな人にもたまらないと思います。

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29. ZYKLON SS『Racial Superiority』(Viva Angel Press)

Art into life

中国のブラック・メタル系レーベルPsychedelic Lotus Orderの傘下に運営されているノイズ・レーベルで、Xenophobic EjaculationやBizarre Uproarといった曲者アクトも抱えるViva Angel Pressよりリリースされた、非常にマニアに人気の高い英国のハーシュ・ノイズ作家Hal Hutchinsonの別名義ZYKLON SSの最新作。かねてより本名義では「道徳的改善に対する戦争を支持する」という過激なスローガンを掲げてきましたが、今作は「信仰にふさわしい、幻想は究極の武器である」と裏ジャケットに記載されています。2008年から2018年まで10年にも渡る音記録から構築されており、グールの叫びの如く腐食したスクリーミングや精緻に配されたソリッドなマテリアルを中心に、非常に洗練されたコンクレート・ノイズの音塊が練り上げられる様は圧倒的。異様な没入感に満ちた不思議なノイズです。小さな音量で聴いても十分その雰囲気は味わえるかと思います。

28. Thought Broadcast『Abduction』(Chained Library)

Bandcamp

Editions Megoからも作品を繰り出していたサンフランシスコのミステリアス・アクトなThought Broadcast。2014年のアルバム以来、長いこと作品をリリースしておらず、忘れ去られていた部分もありましたが、独特のパッケージングでも知られる謎多きカセット・レーベル、/Aughtのサブレーベル、Chained Libraryから5年ぶりの最新作をリリース。5年経った今もその世界は相変わらず孤高のもので、初期のThrobbing GristleやSuicideなどを思わせる無機質&無感情なノイズ/インダストリアル感を持ち味に残しつつ、今まで以上にアブストラクトなエクスペリメンタル・ミニマル/音響ダブを展開しています。今にも爆発しそうな底に秘めた衝動とユルいテンションが同居した計り知れなさと共に静かに暴れつつも、より抑制され、洗練された非常にエッジの効いた作風。時々差し込まれる冷徹な音響放射も耳が痛くてそそりますね。ヘッドホン爆音推奨な一枚です。

27. Ulla Straus『Big Room』(Quiet Time)

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2017年にLillern Tape Clubからデビュー・カセットを発表し、昨年にはHuerco S.主宰の要注目レーベル、West MineralからPontiac StreatorとのコラボEPを発表している詳細のよく分からないミステリアスなアーティスト、Ulla StrausがHuerco S.も作品を残すQuiet Timeから今年リリースした2本組カセット作品。残念ながら迷っているうちにカセットは買い逃して売り切れてしまっていたんですが、ストリーミングとデジタルでも聞くことが出来、これまたなかなか良い。ふくよかなニューエイジ・アンビエンスを携え、ローファイなエレクトロニクスでぷくぷくと描き出す密林幻想な音風景が愛らしく狂おしい。意図的にチープなサウンドを主体に構成しているのか(?)、大変シンプルなアンビエントシンセサイザーの即興演奏ですが、それでいて端正に練られたサウンド・スケープは意外と隙が無く、好き者にはたまらない出来です。淡くダブ処理された幾つかの曲も大変GOOD。出先でボーッとしながら聞くには最高にピッタリな空想箱庭音楽集。Jesse Osborne-Lanthierによるマスタリングというのもそそりますね。

26. My Disco『Environment』(Downwards)

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英国のミニマル・テクノの元祖とも言えるRegisが主宰する名門レーベル、Downwardsからリリースされた豪州・メルボルンのロック・バンド、My Discoの四年ぶりの最新アルバム。元々RegisがMy Discoのファンだったため今回のリリースが決まったとの事です。しかも、エンジニアはなんとEinstürzende NeubautenのBoris Wilsdorf。本作はこれまでのオルタナ要素から完全脱却。モダン・クラシカルからインダストリアル、ミュージック・コンクレート、チベット密教音楽などの狭間で激しく葛藤。薄暗闇の中で囁きかける低い声のウィスパー・ボイス、空間的広がりを見せるメタル・パーカッションの戯れ、ドス黒く歪んだエレクトロニクスなどが混ざり合い、スロウに彩られた漆黒の音世界を見せつけます。メタリックな漆黒の意匠の中にもメディテーティヴな要素さえも感じられる大変没入度高い仕上がり。一人暮らしの友達の家で、部屋の電気を消して、お香焚きながらこれ聞いたのが最高な思い出です。

25. Viviankrist『Cross Modulation』(Diagonal)

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アルビニの下劣な批判(愛?)を受けながらも、レフトフィールド・テクノの地平を切り拓いて来た漢、Powellの主宰する新世代インダストリアル/エクスペリメンタル・ダンスの聖地、Diagonalから、まさかの日本人アーティスト、Viviankristが新アルバムを発表する次第となりました。1995年から東京で活動を繰り広げてきたベテラン作家でもあるEri Isaka(Gallhammerとしての活動も参照されたし)。Viviankristとしての作品発表はごく最近になってからのことで、前作はノイズ/インダストリアルの一大名門Cold Springからリリースされています。本作はリズミック・ノイズへと重きを置いたヘヴィなエレクトロニクス作品で、北欧らしくアヴァンギャルド・メタル的な土台を感じる衝動的なノイズが健やかに交錯し、硬質な電子音のテクスチャーと共に暗黒世界へと歩みを進める強烈な1枚となっています。あくまでノイズ/インダストリアルを主体とした作品ではありますが、全音楽好きへと通じるパワー溢れる一作で、こういったジャンルの入門にもいいかもしれません。

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24. Giancarlo Toniutti - L'Appendino (1849) (menstrualrecordings)

Disk  Union

今年から昨年にかけて、弟のMassimo Toniuttiの作品がOren AmbarchiのBlack TruffleとFerns Recordingsから再発されるなど、自然と注目集まるイタリアのコンクレート/ノイズ作家であり、80年代初頭から活動してきたGiancarlo Toniutti。彼の作品は何作か所有しており、代表作とされる、Broken Flagからの音響ノイズ名作「La Mutanzione」は再発盤CD、オリジナルのLPも共に所有しているのですが、久々にLPで新作が出るということでこれはもう見逃せませんでした。(しかも、10部限定の1万以上するテストプレス盤を買ってしまった)。本作は、1979年~80年の古いマテリアルを素材に昨年新たに構築された最新作品であり、硬質な物音や磁気テープ、フィールド・レコーディングなどを用いて、漆黒の意匠へと仕立てたコンクレート・ノイズ作品となっています。ベニスのコンサーバトリーで1982年から85年にかけて電子音楽を修めるなど、立派なアカデミズムにも属していた彼ですが、ソレらしからぬアウトサイダー気質は相変わらずといった感じで、薄暗い作品全面を通して、奇妙な虚脱感が付き纏う大変不気味でサイケデリックな一枚。テストプレス盤の本作は手描きサイン入りで、ジャケットも真っ黒というのもポイント。

23. Matthew Sullivan『Matthew』(Recital)

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米国・LAのドローン/アンビエントの名手Sean McCannが主宰する名レーベルであり、ミニマルからアンビエントアヴァンギャルドをも横断してきたRecitalからは、前述のSean McCannとも共作を残しており、EarnやPrivy Sealsといった名義でも活動するアンビエント作家であるMatthew Sullivanによる自身の名を冠した最新作が発表されました。何もかも忘れられるほどに美しい作品なので、地元の海に行っては一人でボーッと聞いていることもしばしばありました。現在は彼はLAに戻っているのですが、カリフォルニアからロンドンへと住まいを移していた際の体験談を音楽へと起こしたという作品で、彼自身の心の動きやそこから喚起される情景へと呑み込まれるような神聖な魅力を秘めています。スポークン・ワードやフィールド・レコーディング、サウンド・コラージュなどを織り交ぜながら、白昼夢の様に儚くも何処か力強さを感じさせるサウンド・スケープを描き切ったアンビエント・ミュージックの結晶的一枚。彼の想い出の中で生きている風景が眼前へと現れるかのような、神秘的な輝きに満ちています。

22. Lakker『Época』(R&S)

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大聖地、Modern Loveの対極とも言えるLucy主宰の名門 Stroboscopic Artefactsにも顔を出しているEomacことIan McDonnellとDara Smithによるエレクトロニック・デュオで、名門R&Sの常連Lakkerの3年ぶりとなるフル・アルバム。John Cageの『Prepared Piano』や現代版OcoraことSublime Frequencies、RAやTiny Mix Tapesなどでも取り上げられ今や人気殺到中のウガンダの注目レーベル、Nyege Nyege Tapesなどからのインスピレーションを詰め込んだ作品となっているようです。過剰さとエッジの効いたサウンドを突き詰めたアグレッシヴな攻撃性に満ちたエクスペリメンタル/トライバル・ダンスの傑作。部屋聞きでも十分楽しめる作品ですが、これはクラブで聞くとたまらない1枚でしょう。フロアキラーなアンセムたっぷり詰まったてんこ盛り盤ですが、エスニックなボーカル・ワークが目を引く"Dropped Shoulders"にはちょっとRadioheadも感じました。繰り返しますがかなりの傑作です。ぶち上がりましょう。Higher Frequencyに本作についての本人らのコメントが載っていますが、一読の価値ありです。

21. Seahawks『Eyes Of The Moon』(Cacine)

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コンスタントにしっかり毎年作品出してくれてはいるのですが、『Paradise Freaks』以降どうも食指が伸びずスルーしていたこの人たちの作品、久々に買いました。アンビエントにサイケな世界観、ダウンテンポ~バレアリックも横断するエレクトロニック・デュオであるSeahawksの最新作。これまでもLaraajiやPeaking Lights、Laurel Haloともコラボレーションしてきたエレクトロニック・シーンの重鎮です。今作もニューエイジ/バレアリックな色彩が万華鏡のように煌めく極上の世界観は健在。しかし、新時代のインディなポップ・ミュージックを開拓してきたCacineからのリリースというのもあってか、ポスト・インターネットな無限の奥行きも感じさせる、今まで以上に神秘的なサウンドスケープを描いています。サックスやホーン、木管などの澄み渡る響きがなんとも心地好く連なって、みずみずしく呼吸する純白なアンビエント作品。疲れた心と体の処方箋にピッタリな、頭を空っぽにして聴ける一枚。

20. Shuta Hiraki『Not Here, But There』(Rottenman Editions)

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ここではない、どこかへ」。インフォメーションに記載されたこのスローガンでGLAYを思い起こしたのは僕だけではないかもしれない。以前会った時に、本人から聞いたことだけど、「正座」して真正面から音と向き合い、音の中で考える人こと長年のフォロワーよろすずさん。最近はKyou Recordsなどのライナーノーツや雑誌のディスク・レビューなど、ライター業にも進出しつつ、2年前のアルバム・デビューを機に音楽家としても大きく成長しつつある長崎の音楽家であるそんなよろすずさんことShuta Hirakiの最新作。本作には20分近い大曲が2曲収録され、CDrとデジタルで販売されました。Eliane Radigueのチベタン密教ドローンさえも思わせた前作のゴッツい路線から、晴れやかな風の吹き抜けるBasinski風の神聖なアンビエントサウンド・スケープへと変貌したトラック1から既に威風を感じさせています。トラック2ではAkira RabelaisやMorton Feldman、若しくはAnother Timbreのようなレーベル作品の影響もミックスさせたような音数少ないピアノの残響と、時折挿入される膜のようなノイズや物音が淡々と連なり、静謐なミニマル・モダン・クラシカルを展開していて、こっちの曲は特によろすずさんのイメージとよく合うなと思いました。正座して音楽を聴く人間の作る音楽らしい、まさに没入体験と言える快作です。

19. 9T Antiope & Siavash Amini『Harmistice』(Hallow Ground)

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ヴィジョンをリードする音楽とアートのプラットフォームを自負するスイスの要注目レーベル、Hallow Groundからの今年度重要リリース。ここの作品のブレなさは好事家にとって魅力的に映るものですが、今作は、イランのエクスペリメンタル・デュオである9T Antiopeと、同国のアンビエント作家、Siavash Aminiのコラボレーション作となる一枚。SevdalizaやAsh Kooshaは元より、昨今イラン出身のエクスペリメンタル・ミュージシャンの活躍には目を見張るものがあります。Cold Springからは2017年に『Visions Of Darkness』という同国の現行エクスペリメンタル・シーンを切り取った傑作コンピも出ています。ダーク・アンビエントからサウンド・アート、モダン・クラシカル、ノイズ、ドローンなどを折衷した意欲的なエレクトロニック・サウンドの中に、9T AntiopeのSara Bigdeli Shamlooによるボーカル・ワークがミステリアスに交錯し、エスニックという言葉では語れない異形の世界観に仕立てられ恐ろしい出来。話題にはなっていないのが惜しいですが、この深さは異質。彼らのこれからの展開も要チェックでしょう。

18. Julius Eastman - Apartment House『Feminine』(Another Timbre)

Meditations

Meredith Monkのアンサンブルで初の男性ヴォーカルを務め、Arthur Russellともコラボレーションを行っていたことでも知られる黒人作曲家、ピアニストにしてヴォーカリストのJulius Eastman(1940-1990)が遺した傑作「Feminine」。Eastmanに関しては、先日Blumeから再発盤がリリースされたばかりですが、それに続くように執り行われたのが、Another Timbre脈のApartment Houseによる同楽曲の演奏。元の「Feminine」の再発当時から愛聴していた身としては、これはなかなかのビッグニュースに感じました。ビブラフォンやピアノ、キーボード、ヴァイオリン、チェロ、フルート2本という編成となっており、室内楽風にアレンジされた端正なサウンド・ワークが秀逸なミニマル・モダン・クラシカルに仕上がっています。浮かび上がっては沈み、また立ち登っていくような優雅なサイクルを織り成すこの楽曲の持つヒプノティックな魅力を余すところなく再現しつつ、より現代的にアップデートした作品。終盤を飾っていくアヴァンギャルドなチェンバー・サウンドに狂乱舞した展開もカンペキです。Another Timbreにしては珍しく万人に開かれたサウンドが楽しめる1枚だと思います。

17. Rema Hasumi = 蓮見令麻『Abiding Dawn』 (Ruweh Records)

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この人の作品、以前から気になっていたのですが、新作でようやく触れてみることに。Alice Coltrane菊地雅章に影響を受けたという福岡県久留米市出身の即興演奏家/音楽ライターで、現在は、ニューヨークを拠点に活動されている蓮見令麻氏によって、新しい形と音を追求するブルックリンのインディペンデント・レーベルRuweh Recordsからの初のソロ・アルバム。本作は、レイヤードされた、又はレイヤードされていない本人のボイスとピアノ、Korg Delta DL-50のオーバー・ダビングによって制作されたアルバムで3作目となるようです。自宅での一連のセッションは、Tyshawn Soreyなどの作品にも参加するギタリストTodd Neufeldによって録音されています。声楽にピアノ、エレクトロニクスとマルチな才能のみならず、先人達の息吹さえも感じさせる卓越したサウンド・スケープ。アンビエントやモダン・クラシカル、コンテンポラリー・ジャズなどを繋ぎ、霊性さえも覚える日本人離れした音世界を築き上げた作品。神々しいアトモスフィアへと包まれる一枚ながらも、とてもパーソナルで牧歌的な心象風景を映し出した傑作です。Alice Coltraneが好きな人には勿論のことですが一度この作品に触れてみることを薦めます。

16. Jay Glass Dubs『Epitaph』(Bokeh Versions)

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Massive AttackからYoung Echoまで、英国のドープな音楽の一大聖地であり、同地の音楽を世界へと発信する名レコードショップ「Idle Hands」「Rewind Forward」もその拠点を置くブリストルの重要レーベル、Bokeh Versionsからは、以前より同レーベルから数作ものカセットやヴァイナルを発表してきた、ギリシアアテネのJay Glass Dubsの最新作。この人の作品は昔はそんなに好きではなかったんですが、本作でもうカンペキに引き込まれてしまいました!かねてより、異形のダブ観を武器にレフトフィールドサウンドを披露してきた彼ですが、そのディープ度は、ON-UやBasic Channelともまた違う、シューゲイズや現行のエクスペリメンタルなテクノにも通じる大変越境的なサウンドへと到達しています。そうした硬質なテクスチャーの中へと、オスマン帝国以来長らくイスラーム支配下にあったギリシアの混淆的な民族音楽観も息づいていて、類まれなるオリエンタル・グルーヴを披露。ギリシア人女性によるボーカルが時折交じるのも最高ですね。かなりエキサイティング度高い1枚です。レーベルインフォにある通り、4AD好きにもオススメ出来ますよ!

15. Lust For Youth『Lust For Youth』(Sacred Bones)

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2015年の来日公演を見たのがもう四年前と思うと感慨深くもなってしまうものですが、IceageやLower、Varといったアクトたちと共にコペンハーゲンのインディ・シーンの名を日本にまで轟かせた名バンド、Lust For Youthが遂にセルフタイトルの最新アルバムをリリースしました。これもテン年代のインディを象徴する約束の地的レーベルなSacred Bonesからということでもちろん無視は出来ませんでした。元々は、Hannes Norrvide(Border Force, Rose Alliance etc.)のソロ・プロジェクトとして始まり、Posh Isolation共同創設者の1人、Croatian AmorことLoke RahbekやScandinavian Starとしても日本盤をBIG LOVEからリリースしたMalthe Fischerも後に参加。今作ではLokeが脱退し、製作となったアルバム。コペンハーゲンのシーンでは1人の作家が多くのバンドやプロジェクトを掛け持ちしていることが多く、その持ち回りの中で生まれたグループの中でも彼らは最も知られた存在の一つではないでしょうか。今作では、ユーロビートにインスパイアされているそうですが、相変わらずのLFY節なNew OrderPet Shop Boysを思い起こさせる煌びやかな近未来的シンセポップが爆発しており、長年のファンとしては安心の出来です。アンセムにはやや欠けますが、アルバム通して身を委ねられる統一感ある作品に仕上がっています。ここ数年このスタイルを貫き通してきた彼らですが、2020年代にどう変貌するのか見ものです。

14. Joachim Nordwall『Commuication is the Key』(Entr'acte)

Entr'acte

スウェーデン有数の地下音楽の集積地である名レーベル、iDEAL Recordingsを主宰、ヘヴィ・ノイズ・ロック・バンド、The Skull Defectsのメンバーとしても活動していたJoachim Nordwallによる最新作品で、久々のEntr'acteからのリリースとなりました。本作はなんとCoppiceを始め、Gabi Losoncy、Kevin Drumm、Tim Barnes & Jeph Jerman、John Duncanという強力な作家陣が参加している意欲作なのに部数はなんとたったの限定100枚と大変ニクい一枚。作品のインフォメーションには”Challenge, stimulation, creativity.Admiration. Inspiration.”(挑戦、刺激、創造性。賞賛。 インスピレーション。)と書かれているのみですが、参加陣からしてもこの作品への熱意が十二分に窺えます。Mumdanceらの新プロジェクトであるBliss Signalによるエレトロニック・ブラック・メタルをも髣髴とさせる、金属質の歪んだテクスチャーと、ゴシックに身を飾った強烈なインダストリアル・サウンド、参加ミュージシャンらの喧騒や即興演奏といった雑多な要素などによってあまりにも異質な音世界を育んだ大変エネルギッシュな一枚。それぞれがブレることなく見事なバランス感を構築しています。不失者のインプロヴィゼーションとMika Vainioのエレクトロニクスが融合を見たかのような卓越したサウンド・ワーク。現在何処も売り切れで大変入手困難なのですが、クオリティは折り紙付きなので是非に。

13. Franck Vigroux『Totem』(Aesthetical)

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もう今年3枚目ですよ。Shapednoise主宰の先鋭レーベルであるCosmo RhythmaticからリリースしたMika Vainioとの共作や、Transistor名義に於けるEntr'acteからのリリースでも知られる、フランスのベテランなマルチ奏者Franck Vigrouxの2年ぶりのフル・アルバム。これはリリース後即Bandcampでヴァイナルごとポチりました。本作は、ポスト・インダストリアル・シーンの終末へと聴衆をいざなう名レーベル、Cyclic Lawが始動させた新レーベルから。ロック・マガジン時代から最新の音楽を追い続けてきた故・阿木譲氏が唱え続けた、尖端音楽の魂と器量が詰まった作品と言っても過言ではない素晴らしさです。ギターを主体に構築されたと思われる、Mika Vainio風のミニマルなドローン・サウンドが瞑想的に呼吸をし、時折、ここぞとばかりに、Shapednoise ~ Violet Poison系統の破壊的なリズミック・ノイズが交錯するポスト・ノイズ・フィーリングに満ち溢れた至高のエクスペリメンタル・サウンドスケープ。溢れ出すドローンの洪水は力強くもあり、神聖な輝きへと満ちていて、淀んだ心を洗うようでもあります。マスタリングを担当したのが、Touch諸作や、Mika VainioやPan Sonicも手掛けるマスタリング界の老師Denis Blackhamなのは彼らへのトリビュート? いずれにせよ傑作です。

12. Akira Rabelais『CXVI』(Boomkat Editions)

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Tim Heckerの「Virgins」や「Love Streams」といった作品やライブにも参加しているカナダの作曲家、Kara-Lis Coverdaleやオーガニックなミニマル・グリッチ・テクノ・サウンドでおなじみのMark Fellといった強力なリリースの数々を抱えるBoomkat Editionsからは、BjörkDavid Sylvianともコラボレーションしたりと引っ張りだこなシカゴの重鎮アンビエント作家、Akira Rabelaisの最新作。本作では、Harold Buddを始め、Ben Frost、Geir Jenssen(Biosphere)、Kassel Jaeger、Stephan Mathieuといった超豪華作家が集結と、なんとも意欲的。しかし、今年聞いた作品の中では最もミステリアスな作品と言っても過言ではないかもしれません。本作は20分近い大曲を4篇収録。絶妙な間(ま)の美学へと裏打ちされた、Morton Feldmanを思い起こさせるような、静寂へと消え入るピアノの響きがユラユラと揺蕩う冒頭曲から既に耽美ですが、ウィスパー気味なスポークン・ワードや聖歌、ASMRといったFelicia Atkinson的な要素も混ぜ込んだ、音響アンビエントな楽曲もあったりと、この世のモノとはとても思えない神秘的な美しさを描き出してやみません。中でもラスト4曲目のシューゲイザーや北欧ブラック・メタルの郷愁すらも呑み込んだ不可思議なサウンドには完全に打ちのめされてしまいました。この人は前々からぶっ飛んでいますが、モダン・クラシカルやアンビエントの地平を遥かに超越した、あまりにも異質な音楽世界を構築するその作品はどれを聴いても魅力的なものです。マスタリングを音響作家のStephan Mathieuが担当しているのもオイシイところ。

11. THE NEW BLOCKADERS & INCAPACITANTS『As Anti As Possible』(4iB Records)

Parallax

これは世界中のノイズ・マニアが待ち望んだコラボレーションでは無いでしょうか。共に80年代より活動し、30年来の付き合いでもある盟友同士の激アツなコラボレーション作品が聴けるということで注文しないワケありませんでした!"Anti Music"をスローガンに掲げ、音楽とそのフィジカル作品の両面へと全生命を費やし、「アンタイ作品」とされる無音レコードなどの制作を始め、独自のコンクレート・ノイズの世界を作り上げてきたカルト・アイコンであり、英国ノイズ/インダストリアルの最重鎮の一角、The New Blockadersと、ジャパニーズ・ノイズの最重要角インキャパシタンツの待望のコラボレーション作品。初っ端から全力でぶっ飛ばすのでいつも爆音で聴いてましたし、意外にも今年一番聴いたCDかもしれませんが、やっぱりいつ聴いても最高です。マッハのスピードで擦り合う錆び付いた金属質のノイズ・サウンドとエレクトロニクスによるインプロヴィゼーションが猛烈にエグいハーシュ・ノイズ・ワールドを演出。即興ながらも完全に息のあった演奏は、隙ひとつ無いパーフェクトな構築センスを披露しています。なんと言っても、これはベテラン中のベテランだからこそ為せる業でしょう。全ノイズ史にさえも残るであろう名盤級の強度で構成された怒涛の45分間。衰えることの無い初期衝動とエネルギーには感嘆しかありませんでした。これを見事制作してくれた4iBには感謝しかないと言ったところ。ノイズ・ミュージックって何から聴けばいいか分からないと思った人にも薦めておきたい大傑作。

10. Helm『Chemical Flowers』(PAN)

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UniformやChain Of Flowersなど、インディの最前線からLumisokea、Croatian Amorといったエクスペリメンタル・アクトまで、独自の審美眼(Posh Isolationにもちょっと通じるかも)が光る注目レーベル、Alterを主宰するLuke YoungerことHelmが、ベルリンのエクスペリメンタル・シーンの中核PANから久々にリリースしたフル・アルバム。ちなみにベスト記事で1レーベルにつき1組までという謎ルールを勝手に設けている身としては、今回はツジコノリコとLiftedの新作もかなり迷いました。本作では、FoetusのJ.G. Thirlwellがアレンジやストリングスの録音などプロデュースを担当しています。本作は、イギリス・エセックスの田舎でレコーディングされた最新作。カセットを除くとフルレンスは実に4年ぶりです。キュレーターとしての特異なエクスペリメンタル観を土台に、常にシーンの最先端へとアクセスし続ける傑出した作品の数々を発表してきましたが、今作は彼の最高傑作かも。国籍を超越したエスニックな香りとポスト・インダストリアルな世界観を混淆させた"I Knew You Would Respond"、神聖なノイズの洪水へと引き込みつつ、ニューエイジリバイバルのその先すら予見させる"Body Rushes"など、破格の良曲が目を引きます。この作品で為されたように、ポスト・インダストリアルとエクスペリメンタルなダンス、そして、ニューエイジの邂逅は、このテン年代の一つの潮流ですが、その絶妙な狭間をAlter主宰者としてのキュレーターならではのひと味もふた味も違う目線で鋭く突いてきた集大成的傑作であり、次のフェイズを模索する意気込みを感じる1枚です。現行のエクスペリメンタル・サウンドのある種の過剰さには、食傷気味になることもたまにありますが、この作品には不思議と聞き疲れがなく、自然と聞き入ってしまいます。これはかなり長く聞くことになりそうなアルバムです。年々凄みを増すPANの新たな金字塔の一つでしょう。個人的な体感としてヘッドホンで聞かれるのをオススメします。

9. Ghostride The Drift『Ghostride The Drift』 (xpq?)

Bandcamp

待ってました!個人的にも長年応援してきたアーティスト達が集ったということで、アナウンス当初からとても楽しみにしてたコラボ作です。OPNのSoftwareからデビュー・アルバムを発表し、2016年作「For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)」は大きくヒット、アンビエントからクラブ、音響ダブ、ニューエイジの地平をも繋ぐニューヨークの超人気エクスペリメンタル・アクトことHuerco S.と、彼が始動したWest Mineralにも作品を残す2人のアーティストであり、ソレゾレanomiaやBeer On The Rug、1221など、Bandcampの深淵とも言えるカセットレーベル群からも作品を繰り出してきたuonとexaelによる未知数のトリオ、Ghostride The Driftのデビュー作。リリース元は、カナダのアウトサイダー・ハウスの重要格な女性プロデューサー、D. TiffanyことSophie Sweetlandと前述のuonが新たに始動したレーベルxpq?というのも美味しい。2018年にベルリンで録音された5曲のトラックを収録しており、その仕上がりは、酩酊感と没入感に満ち溢れた異形の音響ダブといった風情。イルビエント ~ ダブ ~ レフトフィールド・テクノを横断した変質的なディープ・テクノで、大変実験意欲の旺盛な作品ながらも、何処か親しみ深さもありつつ、全編へと付き纏うネジの外れたスペーシー過ぎる浮遊感には呑み込まれそうに。最近よく思うことに、2020年代に向けて自然と音楽も変容していく時期に来ているのかもしれませんが、これはその大きな布石とも言えるようなかなりの大作です。「未だ聞いたことの無い音楽」と言うような形容も利く濃密過ぎる音体験でした。当然でしょうが、クラブで聞けたら僕は多分トビます。今年の上半期に聞いた音楽では1番トランシーでしたね。僕はシラフでもコレさえあれば十分だなと思います。デジタルでもヴァイナルでも今年かなり聴き込んだ作品の1つでした。

8. Eskmo & Kira Kira『Motion Like These』(Ancestor)

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Ninja TuneやR&S傘下のApolloといった名門からも作品をリリースしているサンフランシスコのエレクトロニック・ミュージシャン、Brendan AngelidesことEskmoと、アイスランドのオーディオ・ビジュアル・アーティスト、Kristín Björk KristjánsdóttirことKira Kiraの初コラボレーション作品。2014年にLA拠点の作曲家集団である"The Echo Society"によって催された一連のコンサート・シリーズへとKiraが招聘されることとなり、そこで彼女はそのオーケストラのコンサート・イベントの為に楽曲を書くこととなり、その後スタジオ・セッションも経て、2人は交流を深めることとなります。本作は、2014年から2019年、実に5年もの歳月を費やし、レイキャビクとロサンゼルスで録音したコラボレーション・アルバムであり、 múmやSigur Rosの長年のコラボレーターでもある名トランペット奏者、Eiríkur Orri Ólafssonもゲスト参加した意欲作となっています。これをSpotifyのRelease Radarで試聴した当時は上半期の終わり頃ということもあってこの素晴らしさに衝撃を受けたものです。冒頭から既に、北極圏の険しくも雄大な自然の美へと気圧されるような底知れない広がりのあるサウンドスケープ。演奏は概して即興的ながらも短いため聴く者を飽きさせず、Kiraによる時折の神聖なコーラス・ワーク、間を繋いでいく要素としてもしっかり機能したアコースティック・インストゥルメントもオーガニックで魅力的です。まさに没入型の音体験。2010年代の最終章にして、音響派 ~ ポスト・インダストリアル ~ モダン・クラシカル ~ ニューエイジまでも繋ぐような混淆的な音楽も間違いなく極まった。テン年代のエクスペリメンタル・エレクトロニックも新境地に来たような、更には、2020年代の音楽の在り方も予感させてくれるような新たな可能性を感じた作品でした。Tujiko Norikoの新譜に惹かれた人もハマるのではないでしょうか。

7. Jonny Nash『Make A Wilderness』(Melody As Truth)

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これは新境地開拓したな~という1作でした。ニューエイジ/バレアリック新時代に新たな金字塔の数々を打ち立ててきたアムステルダムの超重要レーベル、Melody As Truth。その主宰者であり、相方のSuzanne Kraftと飛び抜けた傑作を放出し続けるJonny Nashの最新アルバムです。さすがにこれまで同様ニューエイジ/バレアリック路線を続けるのは食傷気味なのか、本作では随分と作風が変わってきました。ニューエイジリバイバルというムーブメントが頂点を迎える過渡期にそれで正解だと僕は思いますね。本作は、遠藤周作、J.G.Ballard、Cormac McCarthyといった作家の著作の風景や雰囲気からインスパイアされた作品とのことです。現代音楽やドローンなどの要素も深く取り入れられ、より瞑想的に連なっていく幽玄かつ静粛なアンビエントサウンドへとシフトしており、その没入感は比類無きもので、僕自身今年1番聞いた作品だと思います。音数も多くないし、展開に富んだ作品ではないですが、これだけの美しさを凝縮して描き出せるのは彼のポテンシャル故なのでしょう。テン年代に頂点を迎えるニューエイジリバイバルのその先は、さらにその霊性を極限に突き詰めた形へと向かうのでしょうか、もちろん、推し量れることではないです。好みに依るかもしれませんが、彼のキャリア随一の傑作だと思います。これ以上の作品を作れば、それこそアンビエント史屈指の名作に数えられて然るべきです。特に"Flower"(A4)の美しさはこの世のものではありません。僕はマジで溶かされました。是非、次紹介するSuso Saizと併せて、寝る前に聞いて欲しいです。あまり大きいボリュームでなくてもよいでしょう。眠って浸れて、いい夢見れた果てにはもう帰って来れないかもしれませんね。

6. Suso Saiz『Nothing Is Objective』(Music From Memory)

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ベストも大分上位へと差し掛かってきました。やはり、落ち着くところはニューエイジと言ったところか、昨年ブログ記事にもかなり詳しく経歴を訳して載せておきましたが、ニューエイジから民族音楽アヴァンギャルドまでをも繋ぎ、80年代から90年代のスペインを代表する一大霊性音楽ムーブメントである「マドリッド音響派」(海外では"Neo-Folk"とも呼ばれる)を牽引した孤高のミュージシャン、Suso Saizの最新作の美しさには打ちのめされました。もはや、ある種の完全性にも到達したと言って過言ではないでしょう。1曲のみですが、なんと、Fenneszも参加しています(彼の新作も良かったですね)。また、彼のコラボレーターでもあるメキシコの名作家Jorge Reyesへと捧げた曲もあり。シンプルなタッチで描かれており、エレクトリック・ギターとフィールド・レコーディングを駆使し、音響的にも広がりを見せる幽玄な天上ドローン/アンビエントを描き出した大傑作。全盛期のエレクトロニカにも通じる淡さ、恍惚としたギター・ループが織り成す瑞々しい波、深海の奥底までも見渡せるような圧倒的な透明度。通じる絶妙にニューエイジから外した色彩とメランコリックなサウンドで、余りある霊性へと到達した、今年度最大級のアンビエント作品です。この境地に到れるのは、そのベテランの風格こそと言ったところでしょう。これも寝る前に聞くと本当に最高で、睡眠時のBGMとしてもマストですよ。時々、目が覚めた時に耳にするフレーズ一つ一つの卓越した美しさは至高です。やっぱり音楽には魔法があるかも、そんな気分にさせてくれる1枚。

5. Visible Cloaks, Yoshio Ojima & Satsuki Shibano『FRKWYS Vol. 15: Serenitatem』(RVNG)

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出すたびに良くなってますね、Visible Cloaks。彼らの作品はここ数年、毎度ベストに選んできましたが、もちろん最新作も最高。かねてより彼らの大ファンであった日本のニューエイジのパイオニアであり、ともに吉村弘とも関わりの深い柴野さつき、そして、尾島由郎とコラボレーションし、作り上げた新境地的一枚がこの一作。名作の数々が残されるRVNGの名シリーズ『FRKWYS』からのリリース。 本人達が連絡をとってやりとりを始めたところから、2017年の来日公演の際のレコーディングなどを通して完成させた作品とのことです。前アルバムである『Reassemblage』も相当な境地に居ましたが、これはその更に深層へと向かった深淵なる世界観を描いています。幻想的に連なっていく音の無限の広がりは、その深さそのもので、神聖ささえも呼吸をする霊的な美しさを伝えてくれます。ソフトウェアとアコースティック、その境界線も曖昧にさせる、有機的なニューエイジサウンドを基調にした限りなく気持ちの良い音の波が柔らかく弾む神秘的な音源集。これまでと比べるとやや地味に感じる人もいるかもしれませんが、聞く度の発見一つ一つに普遍性を見出せる傑出した1枚。底抜けに美しく、素晴らしい作品ですが、その完成度故、僕としては聞く時わりと気合いが要ります。Light In The Atticからの『Kankyo Ongaku』コンピや広瀬豊の再発と案件相次ぐ中、新旧ニューエイジの巨匠たちが繋がったところで、そのリバイバルも頂点へと達したことでしょう。2020年代に向けて、金字塔として記録されるべき彼らの1枚です。毎度同じことをやらないのをモットーにしている2人ですが、この先も本当に楽しみでならないですね。前回の2017年の来日も、今年の来日も行けなかったことだけが悔やまれますが、彼らならまた来てくれると思いますから楽しみにしています。

4. The Caretaker『Everywhere At The End Of Time - Stage 6』 (History Always Favours The Winners)

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これを生き甲斐にここ数年過ごした人もいたのではないでしょうか。ある種の極限へと達した無比の作品です。100年前のSP盤レコード音源をサンプリング・ソースに、孤高のフィールドでダーク・アンビエントを育む英国の実験作家、Leyland KirbyことThe Caretaker。2016年からリリースを続けてきた六部作。それもいよいよ最終作ということで満を持してリリースされた一枚。レコ屋の店員として、最初の1枚からずっとお付き合いしてきた自分の人生の一部分にも当たる、かなり思い出深い1枚でもあります。中盤からかなり予兆はあったけれど、第1弾の朗らかな黄昏モダン・クラシカルな風情から、段々とノイズ的色彩を深め、もはや、原型を完全に留めなくなったエクストリームな最終形態。序盤の朗らかさも隅から隅まで腐食し切ってしまいました。古き良き時代を思い起こす豊かな哀愁を醸したヒスノイズはもはや無感情に慟哭し、ざらざらと漂う漆黒のノイズ・ドローンの気流が虚しく息をする、圧倒的な「無」の世界。朧に散りばめられた黄昏の香りも、もう遥か遠くからしか聞こえて来ません。ドローン、ノイズ・ミュージック、モダン・クラシカルの最深部と言うべき最終作的傑作で、その生き様を刻んだ「音の彫刻」のような深遠たる世界がここに在るのみです。この作品を以て、The Caretakerとしての20年に及ぶキャリアも終わりを告げます。この一連の六部作が示唆したものとは一体何でしょう。「無」をも超克した現世からの逸脱とでもとってよいでしょうか。この深さには「アビス」という言葉の響きがよく似合います。ここで終わるのが彼ではないだろうと思うばかり。ただただ、Leyland Kirbyという男の新たなステージへと焦がれます。

3. Meitei / 冥丁『Komachi』 (Métron Records)

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江戸時代中期の浮世絵師、鈴木春信をフィーチャーしたジャケット・アートワークの時点でジャケ買いした人もいるハズです。昨年からPicthforkにも取り上げられていたり、既に威光を発していましたが、今年最も注目を集めた日本のアンダーグラウンド・ミュージシャンの称号を手にしたアーティストと言っても過言ではないのでは無いでしょう。浮世絵から雅楽、そして、宮崎駿からJ Dilla、吉村弘や芦川聡などの日本の環境音楽のパイオニアまでも繋いでしまった広島のトラックメイカー、冥丁(Meitei)の初となるヴァイナル・リリース作品。本作では、99歳で亡くなった彼の祖母の死へとインスパイアされていて、タイトルは小野小町から取られているそうです。彼のコンセプトは「the lost Japanese mood」というもの。日本の原風景の空想といったところでしょうか、彼の祖母の生きた古き日本の姿を鮮明に映し出したようなその音楽は、何処と無くゼロ年代エレクトロニカを思い起こすようでもありながらも、透明であり、澱んでいるようにも取れる奇妙なテクスチャー。日本の風土の香るフィールド・レコーディング素材とエレクトロニックなアンビエントサウンドを絵筆に淡々と冥土の風景を描き出します。恐らく複雑なストラクチャーから構成された訳ではないと思われますが、聞く度に発見があるような不思議な感覚に包まれる。Meditationsのポップには書きましたが、志人やYAMAANさん、ONTODAさんといったTempleATSのクルーの音楽にも通じるような、今は失われた日本の伝統への憧憬と、前述の彼らのようなアブストラクトなヒップ・ホップ(という器でしか受け止めきれなかった稀有な音楽)の文脈、そして、折しも再評価されてきた日本の環境音楽の流れ、そして、サンプリング・ミュージックが神秘的なマッチングを果たした作品のように僕は思います。これ、未体験の人は一度ストリーミングでもいいから聴いてみて欲しいな。

2. Joseph Branciforte & Theo Bleckmann『LP1』(greyfade)

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グラミー賞にもノミネートされたボーカリスト/声楽家であり、ECMからの作品でも知られるTheo Bleckmannと、レコーディング/マスタリング/ミキシングのエンジニアの仕事から音楽技術ライター、音楽ソフトウェア開発までもこなすニューヨークの電子音楽家Joseph Branciforteによる初のコラボレーション作品。リリース元は、Branciforteが創設した新レーベルであるgreyfadeとなっています。Suso SaizやJonny Nashがその領域へと踏み込みつつありましたが、この2人による本作もまたアンビエントの新境地へと入り込んだのかとも思うほどに卓越したサウンド・スケープです。Branciforteは長い間、Bleckmannの作品を賞賛していたそうですが、2017年になってようやくBranciforteの運営していたオンライン・音楽ジャーナルをきっかけに2人は出会うこととなり、同年の後半の2つのデュオ・パフォーマンスを経て音楽的友情を深めたそうです。2018年になると、このペアは坂本龍一の公演にも招待され、演奏当日まで2人はスタジオで試行錯誤し、初めてそこで音楽を作ることに。そして、ようやく本作は彼らの即興演奏のスナップショットとして誕生することになりました。エッジの効いた暗い楽曲、繊細で牧歌的な楽曲が並立した異様なアンビエントの世界。複雑な音響構造をリアルタイムで構築及び分解し、スタジオのオーバーダビングも一切用いずに没入度MAXのサウンドを表現しています。人工的に合成されたホーリー極まりないエレクトロニック・サウンドと、深い低調波振動、分厚くも穏やかなトーンとなって連なるボーカル・ループの静寂な美しさが未だ見た事のないアンビエント・ミュージックの地平へと誘うように佇んでいます。Theo Bleckmannは名前を知っていながら、まともに聞いたのは今作が初めてで、完全に電子変容しているとはいえ、感情に揺さぶりかけるその歌声にはやられました。これはホントに素晴らしい。今まで聞いてきたアンビエントの中でもぶっちぎりに美しい作品の1つ。

1. Holly Herndon『Proto』(4AD)

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完成度でいえば、間違いなくこのベストで随一の作品でしょう。正直これはメッチャクチャ楽しみにしてましたし、リリースには不意を突かれた想いです!4年もの沈黙を破り、テン年代のエクスペリメンタルの勢力図を大きく塗り替えた才媛が歴史的傑作と云うに相応しい金字塔的作品をリリースすることとなりました。数々の名作家を輩出してきた名門校ミルズ・カレッジにて、エレクトロ・ミュージックとレコーディング・メディアの博士号も取得している筋金入りの米国人アーティスト、Holly Herndonの最新作。英語版wikiによると、ハーダン自身と、彼女のコラボレーターで、哲学者/デジタル・アーティストのMat Dryhurstによって共同開発されたAIの赤ちゃんこと"Spawn"という名のプログラム(DIYで改造されたゲーミングPCに搭載)とのコラボレーションの元で制作。テクノロジーを「非人間的」ではないように見せかけることが目的だとされています。これは未だ見ぬ音楽史に於ける新時代への賛歌? そういった次元の神々しさがこの音楽には付き纏います。前作も相当ぶっ飛んでましたが、これはもうレベルそのものが上がってますね。多重に覆い被さるオペラのようなボーカル・ワークと、極めて異質であどけなくも感じるエレクトロニック・サウンドが応酬し、力強く描き出すカテゴライズ不能の世界。AIという最新のテクノロジーのポテンシャルを見せつけながらも、生身の「声」にその作品の重きが置かれているということは、‪まだまだ人間の可能性を信じさせてくれるものです。エレクトロニック・ミュージックとポスト・インターネットの邂逅が編み出した新たなる時代も次のフェイズへと移行していくことを全ての聴衆へと確信させる恐ろしい作品。これは本当に異様です。全てを完璧なバランスで成立させつつ、AIという奇想天外なアイデアさえ、作品を彩る要素として呑み込んでしまったアイデア以上に奇想天外な一作ということ。かつて彼女を世に送り出したRVNGの審美眼は間違っていなかったようです。まさに歴史的名盤。果たして、彼女はこの作品を超える1枚を次出せるのでしょうか。その頃には音楽シーン自体にも大きな変革が起こってさえいそうな気もします。こういう音楽にこそ「唯一無比」という言葉が映えるのだと思います。

こんな所でしょうか。既に下半期も二ヶ月目を回っていますが、多分今までで音楽を一番掘った感触があった上半期以上に良い出会いがあればと思います。より一層気を引き締めつつ、引き続き楽しんでいきたいものです。