Orquesta De Las Nubes (Suso Saiz) - The Order Of Change

八十年代から九十年代頃にかけて、太陽の沈まない国、スペインの首都マドリッドでは、(のちに)「マドリッド音響派と称された、前衛音楽の潮流が存在し、霊性と実験性が溶け合うきわめて自由な音楽シーンが華開いていたらしいということをここ一年で知りました。ニューエイジアンビエントからミニマル・ミュージック、バレアリック、民族音楽といった多様なエレメンツを、汎地中海性成分由来の豊かな感性で溶け合わせ、極めて美しい作品の数を生み出したこれらの界隈。しかし、日本ではこうした音楽の認知度は高いとはとても言えず、流通量も再発盤を除くと皆無に近いので、She Ye Yeさんのような極めてマニアックなレコードショップひいては某マーケットプレイスなどでしかその存在を知る又は入手する術はありません。しかし、昨年、RVNG傘下のFreedom To Spendからスペイン産ニューエイジ・ミニマル一大傑作「Poiemusia La Nau Dels Argonautes」の再発案件があったキーボーディスト/ボーカリストのPep Llopisや、ウクライナ出身でスペインに渡った作曲家、Iury Lechのミニマル・アンビエント大作「Musica Para El Fin De Los Cantos」のCockTail d'Amore Musicの昨年の再発盤、スペインのニューエイジ・ミュージックのパイオニア的ギタリスト、Suso SáizのMusic From Memoryからのベスト盤や十年ぶりの新作などでその音楽に自然と触れている人も少なくはないのだろうと思います。

世界でも類を見ないほどにアーティスティックなこれらの潮流を牽引した原動力の一つが、同国の大手インディ・レーベルのGrabaciones Accidentalesの展開した作品シリーズで、現地の新進気鋭の作家を紹介していた「マドリッドの彗星」(El Cometa De Madrid)でした。このシリーズからは、世界各地の民族音楽をハイブリッドにブレンドしたスペインのフュージョン・バンド、Babiaのメンバーであるマルチ奏者のLuis Paniaguaや同じくBabiaの一員で、EM Recordsも再発したスペインのバレアリック最重要グループ、Finis Africaeを率いたLuis Delgadoといった、「マドリッド音響派」の中でも一際異彩を放つアーティストやグループの作品が厳選してリリースされています。

さて、今回は前述のSuso Sáizが率いていたニューエイジ~ワールド・ミュージック・グループであり、Grabaciones Accidentalesの「マドリッドの彗星」のシリーズにも名を連ねている越境的音楽集団、Orquesta De Las Nubesについて紹介します。

Suso Sáiz=スーソ・サイス(本名 : Jesús Sáiz Alcántara)は1957年にスペインのアンダルシア州カディス県で生まれました。彼はマドリッドで自身の音楽キャリアを築き上げていき、八十年代に活動したマドリッドのポップ・ミュージック・グループ、Esclarecidosやロック・バンド、Los Piratasといったバンドに参加し、プロデューサーも担当していました。また、スペインの著名なシンガー・ソングライターである、Iván Ferreiroや昨年来日公演も行っているスペインの国民的シンガー、Luz Casalなどの楽曲を手掛けたことでも有名なようです。また、スーソ・サイスは同国の映画やドキュメンタリー、テレビ番組(著名なテレビ番組「Al filo de lo imposible」を含む)などのオリジナル・サウンドトラックや短編映画も手掛け、そして、彼は室内楽の作曲家でもあり、2008年に行われたサラゴサ国際博覧会のスペインのパビリオンでも演出を行うなど、本国では一目置かれた存在で、実際、スペインの映画賞であるゴヤ賞も含め数々の賞に受賞又はノミネートされています。1998年には、マドリッド音響派の先進的な一派であるHyades Artsを設立した電子音楽家のAntonio Dyaz(この人のユニットEl Sueño De Hyparcoは昨年Urpa i musellから初の再発が為されています)と共に、スペイン初のオンライン・レコード会社"Artificial World"も設立するなど、その活動は多岐に渡っています。

彼の初めての音楽との出会いは幼少期であり、アメリカのフォーク・ミュージックをバンジョーで弾いていたそうです。これが彼の初めて演奏について学んだ出来事でした。のちに彼はアマチュア・ジャズ・クラブに出会ってジャズへと惹かれいき、1972年から1977年までマドリッド音楽院でギターを学びました。1970年代の終わり頃には、スペインの現代音楽家、Luis de Pabloから影響を受け、ニューエイジの流れを汲むエレクトロ・アコースティックの音楽を探求。このことが遠因となり、マドリッド音楽院で現代音楽の作曲法を学んでいるときにパーカッショニストのペドロ・エステヴァンと、その交際相手でソプラノ歌手のマリア・ヴィラと共にOrquesta De Las Nubesを結成。90年代初頭にもなると彼は音楽プロデューサーとして、当時、絶頂期にあったスペインの音楽シーンで顔を利かせるようになり、前述の著名アーティストへのプロデュースや、彼は室内楽から電子音楽の融合までもこなして見せるような非常に重要な作曲家活動を展開しました。

Music From Memoryからリリースされていたソロ作品の編集盤と昨年の最新アルバムに続く今回のコンピレーション・アルバム「The Order Of Change」は、「El Orden Del Azar」(1985)や「Manual Del Usario ("Owner's Manual")」(1987)といったOrquesta De Las Nubesのオリジナル・アルバムやコンピレーションなどからの楽曲を収録。

アメリカのミニマル・ミュージックと非西洋音楽への好奇心を共有しながら、多くのリスニング・セッションを通じて音楽を共有し、アイデアはゆっくりと進化。サイスのまばらなギター・ループ、シンセサイザー、ドラム・コンピューターと、エステヴァンのヒプノティックなパーカッション、ヴィラによる言葉もなくただただ霊界を漂流するボーカルとの組み合わせは、Orquesta De La Nubesを本当にユニークな音楽的言語を持つグループとして進化させました。ビブラフォンマリンバが織りなす惚れ惚れするようなミニマル・アンビエンス、天上を想起させる幻想的な歌唱にいたるまで、自分が求めてきた音そのものといえる瞬間の連続で、このコンピレーションにはこの世のものとは思えないほどに幻想的な美しさ、時代を超越した、稀有な美しさがあります。昨日このアルバムを取り込んでから六周はしていますが、僕が最も愛している現行の再発レーベルでもあるMusic From Memoryの再発の中でも1、2位を争うレベルで素晴らしい作品ではないかとも感じます。

Orquesta De Las Nubesは、多くの公演を通して当時のマドリッドの前衛芸術シーンと結びつき、インスピレーションを受けていました。彼らのショーでは、数多くの画家や彫刻家、デザイナーなどの友人たちが、バンドと協力してユニークなイメージを描き、グループの公演用の舞台セットを手がけました。このようにして、Orquesta De Las Nubesのライブ・パフォーマンスを取り巻く魅力が増しているにも関わらず、バンドは彼らの音楽をレコードでリリース出来るレーベルを見つけることに苦心しました。そして、これを解決するために当時の彼らのマネージャーであったSilvia Lovosevicは、自身のレーベル”Linterna Música"を設立。1983〜1987年の間に同レーベルから2枚のアルバムと、Grabacionnes Accidentalesからライブトラックのコンピレーション・アルバムをリリースする予定でした。この間、トリオはスティーヴ・ライヒの作品にも参加しているアメリカのパーカッショニスト/ボーカリストのグレン・ベレスと共に一度限りのプロジェクト、Musica Esporadicaを結成し、セルフ・タイトルの傑作アンビエントを残しています(これがまたイイ・・・・)。

現在、数万円にも高騰している「Musica Esporadica」も、2019年にはMusic From Memoryから再発が為されるとのことです。オリジナル盤も実はローン組んで、買っちゃおうかなとかいう邪念が沸いてたので有難い限りです。早くも来年が待ち切れませんね。