ヒーリング・ミュージックの進化と叛逆〜テン年代ニューエイジ・リバイバルは如何にして発生したか〜

最近、柴崎裕二氏のブログ記事である「<ニューエイジ>復権とは一体なんなのか」と、同氏によるele-kingでのTakao「Stealth」のレビュー、そして、動物𝓛𝓸𝓿𝓮知识𝛃𝛐𝛕氏noteでの様々な記事、ショコラ氏の翻訳された「日本のアンビエントミュージックはどのようにして新しいオーディエンスと出会ったのか」などに触発され、今回、2010年代以後大きく加速してきた、いわゆる「ニューエイジ・ミュージックの復権」(再興)について、自分の思い当たる限りのインフォメーションをまとめておこうと思い至った。

まず、これらの動きの顕著な特徴とは、旧来的な価値観の更新/アップデート及びそれらの世界的な受容、その結果育まれてきた土壌が可能にした、さらなる深化と拡大、リバイバルの再生産である。たとえば、東京の偉才= Chee Shimizu氏が世界へと広めた「オブスキュア」の様に、これらの軸となったオルタナティヴかつ新鮮な音楽視点や聴取感覚を切り拓き、貪欲に発信し続けてきたのが、後述するような世界各地のハードなDJやコレクター、ブロガー、再発レーベルの運営者などであり、こうした先人たちの存在がなければ、間違いなくニューエイジリバイバルは今の形ではないだろう。「発見者」にして「編集者」、「伝道者」というリバイバルの真のオリジネーター的な性質を兼ねることも多いカリスマたちと、彼らを熱心に追うニッチな聴者たちの間で同期され続けてきたリバイバルの感性は、地殻変動レベルの変革さえも齎し、よりオーバーグラウンドな世界へと受容、認知がなされていくことなった。

さて、上記の3組の記事と被る部分もあると思うし、ここに至るまでの様々な事象と現実のリバイバルの関連性について、実際にシーン全体を理解/把握して、精査することは人間の手では難しいが、まず、2019年に入ってからのニューエイジリバイバルにまつわる出来事から紹介していこう。そのビッグバンとなったと言って過言ではないテン年代ニューエイジリバイバル史に於ける最重要の事柄がこちらだ。今年に入って、韓国における「ロックのゴッドファーザー」と呼ばれたShin Joong Hyunやアメリカのフォーク・ブルース・シンガーであるKaren Daltonなどを始め、枚挙すればいとまが無いほどの名作を発掘してきたシアトルの名門レーベルである<Light In The Attic>から日本の「環境音楽」にフォーカスを当てた画期的なコンピレーション・アルバムである「Kankyō Ongaku Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990」が2月15日にデジタル/2CD/3LPの三媒体でリリースされた。

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V/A - Kankyō Ongaku「Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990」 

2019年の最重要編集盤と言って差し支えのないこのコンピレーション・アルバムであるが、吉村弘、芦川聡、久石譲日向敏文清水靖晃、そして、細野晴臣坂本龍一、松竹秀樹、イノヤマランドといったYMOの周辺、Far East Family Bandの伊藤詳や宮下富実夫などを始めとした日本のアンビエントニューエイジ環境音楽となどの分野において、まさに最重要と言って差支えのない陣容が収められたものとなっている。この作品をコンパイルした人物が、Visible CloaksのSpencer Doran、日本人スタッフのYosuke Kitazawa、共同主催者のMatt Sullivanであり、スペンサーはそのライナーノーツも担当している。彼はOneohtrix Point NeverやJames Ferraroなどとも並ぶ現行の重要な電子音楽作家の一人であり、レーベル<Empire of Signs>を共同主宰。吉村弘のファースト・アルバムである「Music For Nine Postcards」を2017年に再発、話題を呼んだ。

また、Visible Cloaksは、2017年のアルバム「Reassemblage」(ルアッサンブラージュ)の国内流通盤も発売され、日本でも大きな話題を呼んでいた。そして、今年彼らは、日本のアンビエント/環境音楽作曲家の尾島由郎(日本の環境音楽の草分け的作家、吉村弘との関わりを持つ作家)と柴野さつきとの初のコラボレーション作品「FRKWYS Vol. 15: Serenitatem」を発表する。版元は、ブルックリンの名門エクスペリメンタル系レーベルであり、ジュリア・ホルター、ホーリー・ハーダン、ジュリアナ・バーウィックなどを始めとした名作家の作品を数多く発信してきたエクスペリメンタル・ミュージックの聖地<RVNG>であり、4月5日にリリースされる(一部の国内の店舗では既に流通している)。

そして、discogsからの確証のない情報ではあるが、高田みどりの「鏡の向こう側」(1983)の再発で大きなヒットを飛ばしていたスイスの<WRWTFWW Records>は昨年、ミサワ・ホームが運営していた環境音楽系のレーベルにも作品を残す日本の名作家、広瀬豊の「Soundscape 2: Nova」(1986)と前述の尾島由郎の「Une Collection Des Chainons I: Music For Spiral」(1988)のテスト・プレス盤を製作しているのを見かけたというのもあり、これら国産ニューエイジ/アンビエントの重要作が今後再発される可能性もある。

昨今、こうした特大作品のリリース案件が相次ぎ、日に日に近年のニューエイジリバイバルに集まる注目はより大きなものとなっている。原雅明氏の運営する<dublab.jp>では、サウンド・アーティスト、小野寺唯による日本の環境音楽に焦点を当てた新番組「Japanese Ambient Journey」も3/6に始まった。特筆すべきことに、昨年には、小久保隆や矢吹紫帆、イノヤマランド、セキトオ・シゲオ、ムクワジュ・アンサンブルなどといった、このジャンルの本邦重要作品の再発ラッシュも巻き起こった。個人的に、自分の働く輸入レコード店で実際にこれらの作品に触れ、国内に流通させてきた身としても最近ひしひしと感じるのは、10年代最後の2019年に至り、ニューエイジリバイバルが一つの「頂点」を迎えつつあるのではないかということ。これらの流れが今後どのように展開していくかは、半業界人の自分にも全く読めないとしか言えないが、手元のニューエイジ系の作品の新譜や再発のリリース量は落ち込んでいるようには感じないし、2017年頃からのここ2年ほどで、特に再発系の作品の扱いは僕の勤務先でも増え続けていることが確かだ。そこで実際に、「テン年代」に於けるニューエイジリバイバルへと至るまでの流れを見ていこう。

  • 1. 「海外のレコード・ディガーが発信する、blogspotを中心とした音楽ブログに於けるニューエイジ/アンビエント・ミュージックの違法アップロード」

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「RAR」検索などかけない、そもそも違法ダウンロードなどしないという人には意識外のことだと思うが、もちろんのこと広大なインターネット上には、数多くの違法アップロード作品が存在しており、アルバム単位でダウンロード出来てしまう現実がある。常日頃、警察機関や法的機関、著作権団体との激しい争いの数々が繰り広げられているが、こうした違法アップロードはいつまでも無くなりそうも無い。しかし、彼らがアップロードしてきた作品は広く世界の貪欲な聴衆たちへと伝播し、作家への利潤は無くとも、皮肉なことに世界中に個々のアーティストを知らしめる宣伝媒体としても機能するだけでなく、「裸のラリーズのブート聴きたさ」にサイトを開いた若者を、偶然、ユーゴスラビアソ連電子音楽へと招き入れてしまうといった「ハプニング」も発生させたりと、大いに異界の扉を好奇心旺盛な人々へとひらいてきた。こんな言わずとも当然のことはさておき、00年代に興隆を見たブログ・カルチャーは、以前ほどの勢いは無いもののテン年代の現代でも機能し、様々なジャンルや視点に特化した、もはや「メディア」的か公共的な性質すら持ち合わせるある違法アップロード・ブログも数多く現れるようになってきている。実際その中から現れた幾つかのブログたちは違法アップに飽き足らず、「レコード・レーベル化」するという興味深い現象までもが起きている。もちろん、これらのサイトの中には、ニューエイジアンビエント・ミュージックを数多くアップロードするようなブログも存在していた。

幾つか名前を挙げていくが、<Growing Bin>や<Listen To This>、<FOND/SOUND>、<Box Of Toys>、<Sounds Of The Dawn>、<Root Strata>、<Mutant Sounds>、<Paradise Is A Frequency>などの功績は非常に大きなものとして讃えられるべきであろう。それぞれ、勿論様々なジャンルをアップロードしていることもあり、必ずしもニューエイジアンビエントにのみブログではないとはいえ、これらの多くは、リバイバルの萌芽の芽生えた00年代後半以降、大きくアップデートされることとなった「オブスキュア」と呼ばれる視点を軸に、数多のニューエイジ・ミュージックを掘り起こし、新たな角度と感性から再提示してきた。そのなかからは、<Root Strata>と<Growing Bin>、<Box Of Toys>、<Sounds Of The Dawn>が後にレーベル化を果たし、現行の新世代のニューエイジ作家たちも巻き込みながら、諸々のリバイバルを牽引した。

これらについてさっそく紹介していくが、特筆すべきは、<Listen To This>と<FOND/SOUND>、<Sounds Of The Dawn>の功績であり、それらが紹介したニューエイジ系作品群の網羅的にして美学に裏打ちされたラインナップである。中でも、<Listen To This>のキュレーションは最も重要度が高いものであり、Michael Stearns、吉村弘、モーガン・フィッシャー、日向敏文、ヴァージニア・アシュトレイ、Laraaji、Beverly Glenn Copeland、Joanna Broukなどを始めとした、リバイバル以後大きく復権/再発見されることとなる著名ニューエイジ作家の再評価にも大きく寄与した。ここは<Sanpo Disco><NTS Radio>といった各地のユニークなプラットフォームへとミックスを提供しているだけでなく、海賊ブログでありながらにして、矢野顕子やSuzanne Ciani、Pauline Anna Stromのインタビューを敢行し実現させるという気合いの入りっぷりだ。

ここ<Listen To This>であるが、このサイトのニューエイジ関連のタグ(※重複もある)別に見てみると、現在「Ambient」は100、「New Age」は67、「4th world」(ジョン・ハッセルの提唱した第四世界のこと)は16、「Balearic」は16となっており、オリジナル盤は未だに再発も為されていないような、マニアックな作品がずらりと並ぶ。海外の貪欲なリスナーやDJを中心にこのサイトで掘っている愛好家は大変多く、もはや、単なる海賊ブログというよりは、正規なメディアにも近いような立ち位置にいる。ここが紹介したから、と断言は出来ないが、こうしたサイトで紹介されてきた作品たちは現在数多く再発されてきた。実際に影響力のあるブログが紹介したことでマーケット・プレイスからオリジナルが干上がったり、高騰したり、discogsなどのWANT数が大きく跳ね上がる(or新たにdiscogsへとページ登録される)ことも大変多いため、リバイバル周辺へと多大な影響を及ぼしてきたことは確実だ。

また、<FOND/SOUND>も見逃せないブログだ。このサイトも同じく「ambient」や「balearic」、「fourth world」や「minimalist」、「new age」など<Listen To This>と同様のタグが存在しているが、<Listen To This>以上に日本のアンビエントニューエイジに熱を注ぐ。柴野さつきやオノ・セイゲン宮下富実夫、Oscilation Circuit、ゴンチチ、Killing Time、尾島由郎といった重要作家はもちろんとして、さらに踏み込んでマニアックな作家たちが「Japan」タグへと含まれている。このサイトは一つ一つの記事が大変詳細に書かれており、違法ブログとは思えないほどの読み応えだ。<Listen To This>と同様、「Mix: 21. Healing Feeling (Awa Muse Special)」や「Mix: 13. JAPANESE AMBIENT, ENVIRONMENTAL, NEW AGE & HEALING MUSIC 1980-1993 (VOL. 1, WATER)」などといったニューエイジ系のミックスも残している。

そして、<Sounds Of The Dawn>もこれらの界隈の今を語る上で外せないブログだ。こちらは、前述の通り、後にレーベル活動も開始。アンダーグラウンドな新世代の作家を中心に、ニューエイジ系のカセット作品を数多く発表している。こちらは、主にニューエイジ系の「カセット」へと着目しており、まともに再発すら為されていないどころか、オリジナルも入手不可能に近いレベルの希少作品群を数多く紹介してきた。

これら、いずれも大変バラエティに富んだブログ群の存在というものもまた、10年代以降に加速度的に勢いを増したニューエイジリバイバルの裾野を大きく広げるうえで大変重要なものであった。新しい世代のコレクターやDJ、音楽家たちが、読んで字のごとく「ニュー・エイジ」にしてアップデートされた音楽視点から旧来の作品を音楽的に読み直し、既存のシーンや文脈からも切り離すことで、新たな文脈を付与。誰からも忘れ去られたどころか、無視され、むしろ、虐げられてさえいた旧譜が新時代の聴衆の新鮮な感性で受け止められ、「新譜」へと変わっていく流れが「リバイバル」という一大ムーブメントであり、また、それらを支えるSNS特有の「シェアの文化」がこれらのムーブメントをより熱のあるものにしたことは言うに及ばない。

ちなみに、違法アップロードをしているブログでは無いが、本邦では、Tomoyuki Fujii氏の運営する「森と記録の音楽」や、かつて<吟醸派>レーベルとレコードショップ、S.O.L. Sounds(共に今は活動を停止している)を運営していた吟醸太郎氏による「大吟醸」といったブログなどが、国内においてニューエイジアンビエントはもちろんのこと、その周縁の界隈である10年代前半のドローンなどに類する音楽情報を多数発信してきた成果も無視できない。

昨今「ニューエイジ」文脈で取り上げられる重要な作品の多くがもともとは小さな名も無きレーベルから自主出版された、現在高価な作品が多い。それらの多くはもちろん現在活動しておらず、オーナーや作家の消息も不明ということも多かったりと、(今や結構な数の作品が再発盤中心にストリーミング/デジタル配信されたり、再発されてきたとはいえ)、まだまだ埋もれたままの盤は多いのが現状だ。これらを聴き進めていくに当たって、実際、高価なマーケットプレイスでの買い物を避け(むしろ原盤至上主義的にオリジナル盤を買い集めるなどその逆のパターンのコレクターたちも多いのだが)、こうしたサイトから(こっそりと)レアな未再発作品のオリジナルの盤起こしMP3をダウンロードしているという人々も多いだろう。こうしたサイトは音源の入手から情報の伝播に至るまで、大きな役割を果たしてきた。

  • 2. 「I Am The Center(Private Issue New Age Music In America, 1950-1990)」

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テン年代にリリースされたニューエイジ・ミュージックにフォーカスした編集盤の中でも最重要の作品の一つが冒頭で登場した<Light In The Attic>から2013年に発表されたコンピレーション「I Am The Center(Private Issue New Age Music In America, 1950-1990)」だろう。この作品は2CDと3LPでリリースされており、CDには44ページ、LPには20ページのブックレット/ブックが付属している。また、そのライナーを担当したのは、Yoga Recordsのプロデューサーであり、NUMERO GroupのA&RであるDouglas McGowanというのも見逃せない事実だ(また、Numero Groupのニューエイジ系再発タイトルにも特筆すべきものがある)。ダグラスは前述のSpencer Doranなどと共に冒頭の国産環境音楽コンピのプロデューサーを務めている。本作は、アメリカに於けるプライベート・プレスのニューエイジ作品に重きを置いており、当時、本作のリリースは衝撃を以て迎えられ、Pitchforkでも「Best New Music」の称号と8.3点のスコアを獲得した。

このアルバムには、「ニューエイジ・ミュージックの始祖」とも称され、EM Recordsからもその作品が再発されているIasosや昨年来日公演を行ったニューエイジ界の生ける神であり、ブライアン・イーノ細野晴臣ともコラボレーションしているLaraaji、米国版「喜多郎」とも言えるAeoliah、サンフランシスコのテープ・ミュージック・センターで学び、Robert AshleyやTerry Rileyに師事した女性音楽家のJoanna Brouk、ニューエイジ大御所、Steve Roachともコラボレーションを行っているマルチ・ジャンル・コンポーザー/サウンドトラック・デザイナー/プロデューサーであり、名作「Planetary Unfolding 」でも知られるMichael Stearnsなどを始め、正真正銘のヒーリング・ミュージックの金字塔とも言えるメンツが収録されている。Steven HalpernやThomas De Hartmann、Don Slepianなど、この作品が再発されるまでは日本どころか米国でもあまり知られていないような作家も数多くコンパイルされた。この作品は当時、世界的に大ヒットし、恐らく数千枚が流通。ライトリスナー層にも広くリーチしたと思われる。最初のニューエイジの主要なレーベルが形成されていった時代である60年代後半から70年代前半の第一の黄金期から50年代にも遡るその雛形を含む、薬物や精神病、政治的絶望など、時代の流れへと辟易し崩壊していくヒッピーたちの受け皿ともなった音楽の数々である。これ以降、「ニューエイジリバイバル」という言葉を耳にする機会は確実に増大していったように感じる。また、同レーベルは、2018年に「Omni Sight Seeing」や「コチンの月」などのアンビエント作品を含む、細野晴臣の70〜80年代の作品の再発や、1969-73年までの日本のアンダーグラウンド・フォークやロックの金字塔の数々を収録したコンピ「Even A Tree Can Shed Tears: Japanese Folk & Rock 1969-1973 / 木ですら涙を流すのです」(2017)の編纂、そして、ベルリン・スクール~ジャーマン・エレクトロニクス系から知られざるスモール・プレスの自主盤カセットに至るまでヨーロッパのニューエイジへと着目した、「I Am The Center」の第二弾とも言える大編集盤「(The Microcosm) Visionary Music Of Continental Europe, 1970-1986」(2016)の制作までも行ってきた。

  • 3. 「テン年代地下カセット・カルチャーの興隆」

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昨今、DIYな作家たちの一存である「フィジカル」リリース形態へのこだわりは、デジタルやストリーミングでの音源配信がよりいっそう一般化した今、さらに強固なものとなってきていることは言うまでもない。ゼロ年代アンダーグラウンド・シーンには「CDr」カルチャーというものも存在し、その後のカセットの復権まで地続きな流れを形取っている。

さて、ニューエイジリバイバルを追う上でもっとも見落とされがちであるのが、(特に09年頃から)顕著になったカセット媒体でのこれらドローン、ノイズ、アンビエント周縁の作品群であり、USアンダーグラウンド・シーンを起源に、世界的なムーブメントまで成長した近年のカセット・カルチャーの黎明だ。おなじみのOneohtrix Point Neverの初期カセット作品のリリースやJames Ferraroが主宰していた実験/ノイズ系レーベルである<New Age Tapes>(CDrのリリースも多い)、また、そのJames FerraroとThe Skatersを組んでいたSpencer Clarkが率いた<Pacific City>や<New Age Cassettes>、<Not Not Fun>などから連なりゆく現代的な「カセット・レーベル」の流れだ。US地下ノイズ/ドローン界隈などを起点にゼロ年代後半より「エクスペリメンタル」の意味するものが変容していくなかで生まれた、blogspotやbigcartel、bandcampなどを拠点に活動した無数のカセット・レーベル群。彼らがリバイバルに果たしてきた役割は是非とも伝えておきたい。

10年代前半から中盤の全盛期にかけては、数百近いカセット・レーベルが活動していた。主に00年代後半以降に加速したドローン・ミュージックのムーブメントの流れを汲むものであり、彼らの世界観は、箱庭な空気感のなかで作家やレーベル同士の間で共有され、極めて強い同期の感覚を携えていたことが印象深い。特に2015年辺りまでの時期は、カセットならではのローファイさ加減のなかで幻想的で望郷の念を感じさせる、広大なサウンドスケープの海にある数多の魅力的なアンビエントやドローン、ニューエイジ、エクスペリメンタル系の作品が生み出され、そして、忘れ去られていった(この「カセット」たちもいずれきっと掘り起こされることだろう。)人脈的には、<PAN>や<Blackest Ever Black>、<Modern Love>(これらは比較的規模のあるレーベルではあるが)などに代表される、現行のエクスペリメンタル系のレーベルとも非常に近い系譜の中にいる。僕もそれらの魔力に呑まれたリスナーのひとりであったのだが、これらの活気溢れるリリース群は、アンダーグラウンドな音楽シーンでの「新しいニューエイジ・ミュージック」の勃興を支えた。この文脈から現れた当時の新人気鋭作家たちはカセット作品で成功すると、同様の空気感を持つレコード・レーベルからのアナログ・リリースへと移行していくという流れが多いのが特徴で、その流れの代表格が言うまでもなくOPNでありYves Tumorであると言える。

ここでは、これらのムーブメントを盛り上げた主要なレーベルたちについて、幾らか紹介する。

まず、アメリカ・インディヘナのレーベルで、当時日本にもよく流通していた<Sacred Phrases>から紹介していく。

現行のエレクトロニック・ミュージックやニューエイジを通過したドローン・アンビエント、ドローン・ゾーンへとフォーカスしていたレーベルで、リリースした作品数は70を優に超えている。こちらの作品は<Meditations>という当時僕がよく通っており、今はスタッフとして働いているレコード・ショップを通してよく購入していた。日本の現行ドローン・ミュージックの重鎮であり、膨大な作品を残したHakobune氏を始めとし、Sun Araw及びThe Congosとの共作を引き連れて<RVNG>からも登場した実験作家であるM. Geddes Gengras、Nite JewelのRamona Gonzalezによるサイド・プロジェクトMaia、ゼロ年代前半から活動し、実に90近い作品を残すシンセシストで、地下カセットカルチャーの生き字引的なPulse Emitter、ティム・ヘッカーの作品への参加やライブへの参加でも知られるモントリオールのミュージシャン、Kara-Lis Coverdaleなど、そうそうたるメンツが揃う。まさにカセット界隈に於けるアンビエントの巡礼地と言えるレーベルである。前述の<Meditations>によく入荷されていたため、日本で現行のカセット作品に触れる音楽好きにとっては、地下カセットカルチャーに於ける重要な入門レーベルと言えた。

そして、<Sacred Phrases>と並ぶか、それ以上に重要なレーベルが、Steven Ramseyが創設、運営しているオークランドの<Constellation Tatsu>だろう。

このレーベルは、毎シーズンに4本のカセット・バッチを発表することでも知られている。また、音源の多くが「name your price」の形式であり、フリーダウンロード出来るため、デジタルで入手して聞いている人も多くいたと思う。このレーベルは、110以上のカセットをリリースしている大御所レーベルであり、作品の多くがソールドアウトしていることも多い。前述のHakobuneやKara-Lis Coverdale、やけのはら、P-RUFFとのUNKNOWN MEでの活動など日本の現行アンビエント界隈でも最重要格に挙げられる環境音楽/アンビエント作家のH. Takahashi、地下アンビエント・シーンでも屈指の美しさを放ったFormer Selves、<Orange Milk>主宰でおなじみKeith RankinによるGiant Claw、<White Paddy Mountain>を主宰する日本の名作家、Chihei Hatakeyamaなどが在籍したオレゴン屈指のリバイバルニューエイジの要所と言えるレーベルである。こちらも<Meditaions>でカセット・バッチが出るたびによく扱われていた。今でも運営は続いており、そして、前述した通り、「name your price」で入手出来る作品が多く、後追いでも聴き進めやすいため、近年の作家によるニューエイジ作品への入門を果たす上で最もお世話になるレーベルと言っても過言では無いはずだ。

そして、これらのカセット・アンダーグラウンドを語る上で、外せないのがご存知の方も多いであろう、日本でもレーベルショーケースが開催されたこともある<Orange Milk>だ。

このレーベルは純粋なアンビエントニューエイジ、ドローン・ミュージックを発信しているレーベルではない。ヴェイパーウェイヴや現行の電子音楽と混淆し、それまでのニューエイジアンビエントとはまた別の、「新定義された(=リサイクルされた)ニューエイジ」の形を泥臭くもポップに示した画期的なレーベルであった。また、数ある近年のカセット・レーベル群の中でも最も有名なレーベルと言い切ってよい。数多のメディアで取り上げられ、それぞれの作家が断片的には認知されていたり、ストリーミングで聞ける音源も多いため、カセット購買層以外にもリーチしていることだろう。<Meditations>でもヒット商品として頻繁に扱い、ここからカセットに入っていった人は非常に多い印象を受ける。今やローファイな宅録ポップの人気者となったJerry Paperや日本のジューク/フットワークの名門<Booty Tune>を主宰するDJ Fulltono、<RVNG>からのリリースや来日で一躍ヒットを飛ばしたKate NVなど、その面々は数多のカセット・レーベルの中でも異彩を放つ。そして、ここはテン年代ニューエイジ・ミュージックの大きな変化を遂げる上で最も重要な作品と言っても過言ではない一枚もこのレーベルはリリースしている。それが主催者Keith RankinによるGiant Clawの存在を最も印象付けたこの「Dark Web」である。

本作は、2014年にLPでリリースされ、翌年カセット化もされた。両媒体とも当時入手したが、個人的にもこの作品を通して、カセット・カルチャーの深みにハマった思い出深い作品でもある。こちらは、World's End Girlfriendが主宰する国内の名門レーベルである<Virgin Babylon Records>から日本盤もリリースされた。

「OPN × Prince × Juke/Footwork」とも評された本作は、様々な年間ベストに選出されており、2014年を象徴する一枚にもなった。プランダーフォニックスからヴェイパーウェイヴ、トラップ、フットワーク、アンビエントニューエイジなどを横断した、大変意欲的な本作は、Ellen ThomasとKeith Rankinによる印象深いアートワークや、昨年来日を果たしたDeath's Dynamic Shroud.wmvの一員としても活動するJames WebsterによるPVのヴィジュアル・イメージを裏切らない、大きな爪痕を残す作品であった。当時の同レーベル史上最大の人気リリースとなり、彼をどう評するかで、意見はかなり割れていたと記憶するが、僕は今もその超時的かつ新規なサウンド・デザインの魅力に取り憑かれている。寄せ集められた過去の遺物と当時の新進気鋭の音楽が、インターネットの深淵に吹き溜まる汚泥の中で混交し、「今までになかった」サウンド・ヴィジョンを築き上げたのだ。FM音源を効果的に用いたことも大変印象的であり、そのビートもプリンスのドラム・マシンの打ち込みにも通じるタイトさ、サンプリングによる新しいものと古いものの混ぜ方が上手く洗練されており、アヴァンギャルドとポップを両立させた、モダンなエクスペリメンタル・ミュージックの模範ともいえる作品に仕上がっている。これらの音像とそのヴィジュアル・イメージの衝撃は、<Orange Milk>が「ヴェイパー・ウェイヴのレーベル」だよね、という様なやや偏った一般的なイメージ(誤解?)を、まだまだヴェイパーウェイヴが未知のものとして扱われていた時期の聴衆へと植え付けたものである(実際にはそうではないものも多いのだが、一部ヴェイパー・ウェイヴのクラシック的作品も残したレーベルでもあることにも注意)。この作品のリリース以降、<Orange Milk>のヴィジュアルからは、かつてのナード感溢れるフェティッシュな泥臭さが取り除かれていき、また、新たな洗練の域へと突入。Juke/Footwork以降のエクスペリメンタルのフュージョンという路線が完全に確立されていった。ここの活動を通じて、より広い層のリスナーたちが「カセット・レーベル」へと興味を持ち始めるようになったと記憶している。また、この頃より、早耳のリスナーたちがその需要の中心だったニューエイジリバイバルもまたさらなるオーバーグラウンドなシーンへと進出し始めていくようになる。

この他にも、この手のレーベルはあまりにも膨大に存在しており、個人的に、全盛期であった10年代前半~中盤頃には、軽く200~300は収集に値する手堅いレーベルが存在していたと思っている。上記以外なら

SicSic Tapes / No Kings / Inner lslands / Rainbow Pyramid

Phinery Tapes / Rotifer / Sunshine Ltd. / Carpi Records

Bridgetown Records / 吟醸派 / Tranquility Tapes

Cosmic Winnetou / Patient Sounds / Space

Slave / Not Not Fun / 1080p / Umor Rex

辺り(これでもほんの一部に過ぎない)は最低限知っておくと地下カセット界隈を楽しむ裾野が大きく広がることだろう。この流れは個人的な体感として2015年に頂点を迎えたように思う。僕自身も、その年はカセット・シーンへの個人的な興味のピークでもあり、400数本の新譜カセットを購入した(ただし、それらの全盛期を過ぎ始めた翌年には半数の200本ほど)。その頃から、「カセット・リリース」の波はメジャー・レーベルや日本にまでも届き始めたが、時を同じくして、興味深いことに、こうした流れを推し進めてきたこれらの界隈では、むしろ逆にリリース量が減り始めていく。

まず、考えられる理由として、現実的には、採算面で続けられなかったということが挙げられる。実際に、海外にも日本にも複数存在した「カセット専門店」的な立ち位置のネットショップのほとんどが最早サイトすら残っていないか、もはや数年入荷が止まっていたり、それらを仕入れるレコード店サイドとしても、利益率が低くすぐ版元では売り切れてバックの利かないカセット作品をわずか数本入荷することは店の運営においてメリットが少ない。そして、カセット・レーベルの主宰者の多くも海外発送経験がない/卸の経験がないなど、レーベル運営が初めての素人がほとんどであり、当然、仕入れる店側としてはリスクも高いカセット作品にばかり注力するというのは難しいというのもある。

そして、何よりはこれらのシーンで活動してきた作家自身のモチベーション的な問題ではないか。皆が皆、カセットに手を出し始めたが故に、この世界の最大の魅力であった、(小さくやや内に閉じられたコミュニティのなかで感覚が)「同期」する箱庭世界ならではの魅力が失われたこと(そのことについては当時一部の作家やレーベルは皮肉的に言及していた)も大きいはずで、まさに「ジャンル化」「ムーブメント化」の弊害ではあるだろう。今でも一定数チェックに値するユニークなレーベルは存在しており、カセットのリリース量の総数自体は全盛期よりも大幅に増えていたりもするが、これらの動きの中心は、上述したような美学や空気感を共有しているわけではない、後乗りの作家による作品が大部分であることは確かであり、粗製濫造の感は否めないのは確かである。

19年現在、従来的なカセット・アンダーグラウンド界の減速と共に、リスナー側の熱量も後退を感じざるを得ず、人気だったレーベルでも昨今はさほどソールドアウトしないことが多くなっている(昔は50や100本のカセットの争奪戦であった)。とはいえども、「ニューエイジ」とは別枠にて、大変興味深いムーブメントとして、近い界隈の別文脈のカセット・シーン(初期のPosh Isolationなどの意匠を受け継いだ一部のノイズ/インダストリアル文脈のアンビエント・ドローンを多く発表している界隈)がここ2年ほどで大きな注目を集めている。<Vaagner>や<Strange Rules>、<Vienna Press>などのレーベルを挙げたい。これらは、10年代前半頃から中盤頃に興隆した前述の「ニューエイジ」周縁のアンビエント/ドローン作品群よりもさらにスモール・プレスである。当初ごく一部のニッチなリスナーしか収集していなかったこうしたモノクロームな色彩の作品群がYoutubeにアップされ始めたことで、新たに「発見」されるという流れが発生し、万単位の再生がなされるなど、今やかつてない人気な界隈へと成長してきており、「ニューエイジ」と近しい界隈でのカセット・リリース群の動きは未だに注視に値する魅力があるのは確実だ。ちなみにdiscogsにこれらのレーベルを多くまとめた絶妙なリストが存在している。

ところで、この10年ほどで発表されたカセットでも重要作といえるタイトルの多くは今や高額になっているものも多く、部数が極端に少ないため、discogsなどのマーケットプレイスでもほとんど出品されていなかったりと、一度逃すとなかなか入手困難である。特に部数の少なさ、流通の悪さで知られたblogspotやbigcartel系などはカセット・オンリーが多く、下手したら00年代にCDで出たアングラな作品よりも後追いには体系化しづらいかもしれない。ぼんやりと思うに、10年代中盤までのカセット界で愛でられてきた空気感は近い未来、別の形でリバイバルするであろうことが大いに予想がつく。その異様さゆえに(Not Not Fun周辺などの「ヒプナゴジック」な質感などは未だに忘れられない。)

これら、テン年代に活動したカセット・レーベル群については、今や動いていないところも目立つが、それなりに重要どころは網羅されているはずなので、僕がdiscogsで作ったこのリストを見ておくとかなり面白いと思う。

後述の記事にて、これらの周縁のシーンに位置した実験系のレコード・レーベル&MP3ブログである<Root Strata>でのヴィジブル・クロークスの画期的なDJミックス音源などについても言及する。

  • 4. 「"ニュー・エイジ"なエレクトロニック・ミュージック・デュオ、Visible CloaksのSpencer Doranによるミックス」 

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忘れてはいけないのが、前述したポートランド在住のSpencer DoranとRyanの二人による、Visible Cloaksによってウェブ公開されたミックスの数々である。彼らについては<Massage Magazine><Ableton>でのインタビューに詳しい。メンバーのスペンサーが00年代にソロ名義で来日した際に触れた森田童子のレコードや、吉村弘との出会いが彼をニューエイジ道へといざなっていくことになる。

まず、最初に話題を呼んだ画期的なミックスを紹介しよう。日本の第四世界的な音楽へと聴衆を連れ去ることとなる最重要なミックスだ。

Rootmix – Fairlights, Mallets and Bamboo Fourth-world Japan, years 1980-1986 – Spencer Doran - Root Blog(リンク先でフリーダウンロード可)

TRACKLIST:

Haruomi Hosono – “Down to the Earth“ from Mercuric Dance
Ryuichi Sakamoto – “A Rain Song” from Esperanto
Mkwaju Ensemble – “Ki-Motion” from Ki Motion
Haruomi Hosono – “Air Condition” from Philharmony
Mariah – “Shisen” from Utakata no Hibi
Yasuaki Shimizu – “(Untitled Pieces for Bridgestone)” from Music for Commercials
Mkwaju Ensemble – “Lemore” from Mkwaju
Seigen Ono – “Mallets” from Seigen
Masahide Sakuma – “WINDOWS/Hi!!” from Masahide Sakuma
Geinoh Yamashirogumi – “Agba’a” from Africa Genjoh
Yasuaki Shimizu – “(Untitled Piece for Tachikawa)” from Music for Commercials
Danceries – “Grasshoppers” from End of Asia
Phew – “Closed” from Phew
Haruomi Hosono – “Windy Land” from The Endless Talking
YMO – “Loom” from BGM

クラブでニューエイジアンビエントを流してもまともに取り合われることがなかった時代に、彼は既にニューエイジへと連なる日本の80年代の音楽を発掘し始めていた。今回のミックスでは、まず、細野晴臣坂本龍一YMOなどYMO関連といった「日本の80年代のオルタナティヴな音楽」に於ける外国からの「ニューエイジアンビエント的アプローチ」の再発見から始まる。そして、後に再評価が大きく進むこととなる、ムクワジュ・アンサンブル(高田みどりが在籍。久石譲がプロデュースした作品もある)やマスタリング・エンジニアとして孤高の地位にあるオノ・セイゲン、今やニッチな音楽好きに大人気な国産アヴァン・ウェイヴ/プログレ・バンド、マライアとそれを率いたサックス奏者、清水靖晃、関西ニューウェイヴの旗手であった大阪出身の女性アーティスト、Phewなどを始めとした面々をフィーチャーした「80年代の日本の音楽」を探求することとなった。この後マライアの「うたかたの日々」が再発されるのは2015年、ムクワジュ・アンサンブルの二作品は2018年、清水靖晃の「案山子」は2016年、「Music For Commercials」は2017年、「Dementos」は2019年と、実際に再発され正当に評価を受けるよりも数年早い時点で、スペンサーは辿り着いていた。

Spencer D – Mixtape for The Lake Radio

TRACKLIST:
Tsukasa Suzuki – Telephone Singer
Lury Lech – Ukraïna(Iury Lechの誤字と思われる)
Unknown Burundi Singers – Duo De Jeunes Filles / Solo De Femme
Patricia Escudero – Valse du chocolat aux amandes (Erik Satie, 1891)
Michel Chion – La machine á passer le temps
Other Music – MN.2
Ricardo Mandolini – Cancion De Madera Y Agua
Raviv Gazit – One
Lena Platonos – Γκάλοπ
Pep Llopis – El Vell Rey de la Serp
Clannad – Ocean of Light
Suso Saiz – Nada de lo que Sucede
Hiroshi Yoshimura – Soft Wave For Automatic Music Box
Lino Capra Vaccina – Vocis
Todd Barton – The River Song
Nóirín Ní Riain – An Caoineadh
Inoyama Land – Tide
Nuno Canavarro – Antica/Burun

続いて、2015年に公開された、アンビエントとコンクレート・サウンドとテクスチュアに着目したミックスも秀逸である。ここでは、ウクライナの出身であり、スペインで活動したマルチメディア・アーティストのIury Lechや同国のピアニストであり、エリック・サティシンセサイザーで解釈したPatricia Escudero、オブスキュアなプログレッシヴ・ロックバンドCotó-En-Pèlのメンバーとしても活動したキーボーディスト、Pep Llopis、以前ブログでも取り上げたスペイン音楽界の重要作家、Suso Saizなどを始めとした、(She Ye Ye Recordsのタグでおなじみ)いわゆる「マドリッド音響派」に属する作家から、今やおなじみとなった吉村弘、ヒカシューの関連ユニットにして、昨年大きく再評価がなされることとなづたイノヤマランド、 70年代のイタリアを代表する異端民族音楽集団、Akutualaにも在籍した打楽器奏者Lino Capra Vaccinaなどを始めとした顔ぶれを揃えた、前作よりもまた一歩深みへと向かったミックスを仕上げている。前回にも増して、さらに無名な作家も多く取り上げられたものだ。特筆すべきことは、この後、このリストのなかから、Iury LechやPatricia Escudero 、Pep Llopis、Suso Saiz、吉村弘、イノヤマランド、Nuno Canavarro、Todd Bartonといった多くの作家の作品が再発/編集盤が組まれたことだろう。彼はここでも既に一歩先を行っていた。そして何よりも2万回以上もの再生回数がこのミックスの影響力を如実に物語っている。

Music Interiors Vol. 2: Interni Italiani

tracklist:

Daniel Bacalov – “Africa L’Animali” Il Ladro Di Anime
O.A.S.I. – “Il Gioco Dei Sogni” Il Cavaliere Azzurro
Roberto Musci / Giovanni Venosta – “Nexus On The Beach” Water Messages On Desert Sand
Piero Milesi / Daniel Bacalov – “Camera 2° Parte” La Camera Astratta
Riccardo Sinigaglia – “Attraverso (excerpt)” Riflessi
Elicoide – “Mitochondria (excerpt)” Elicoide
The Doubling Riders – “Chinese Comedy” Doublings & Silences Vol. II
Roberto Laneri – “Animalia” from Anadyomene
Goffredo Haus – “Cielo” Musiche Per Poche Parti
Francesco Messina – “Comunicazioni Interne” Medio Occidente
Roberto Donnini – “T 2 A (excerpt)” Tunedless
Mario Piacentini / Roberto Bonati / Anthony Moreno – “Sealed in a Transparent Cube (excerpt)” Frozen Pool
Magazzini Criminali / Jon Hassell – “Camminavo Nella Sera Piena Di Lilla” Sulla Strada
Vincenzo Zitello “Arilels” Et Vice-Versa
Roberto Mazza “Stanze Parallele” Scoprire Le Orme
Raffaele Serra – “Maldoror Theme” Kodak Ghost Poems
Giovanni Venosta – “Woman In Late” Olympic Signals
Andreolina – “Music In A Small Room” An Island In The Moon
Piero Milesi (w/Riccardo Sinigaglia) – “The Presence Of The City” The Nuclear Observatory Of Mr. Nanof

さらに2016年に発表されたイタリアのミニマル・ミュージックアンビエント、前衛音楽にフォーカスしたミックスは、より深い場所へと向かうことになった。個人的にもGigi Masinの再評価を経て、イタリアの地下シーンへと興味を持つきっかけとなった画期的なミックスである。昨今は、<Black Sweat>や<Soave>、<Die Schachtel>、<Archeo Recordings>、<Spittle Records>を始めとした同国のレーベルが、実験音楽大国として知られるイタリア地下/前衛の命脈の再興へと躍起になっているのであるが、これらの再発レーベルからは、このリストの中からも、Daniel Bacalov、Roberto Musci / Giovanni Venosta、O.A.S.I.、Piero Milesi、Riccardo Sinigaglia、Elicoide、Francesco Messina、Roberto Mazza、Andreolinaといったアーティストやグループが再発されていることが興味深い。奇しくもそれらが実現していくのはいずれもこのミックスの発表後。ミックス自体も4万回近く再生され、未曾有のヒットを飛ばした人気作となった。イタリア産のミニマル・ミュージックアンビエントというものは、ほとんど知られて来なかったものの、70年代後半から90年代前半にかけて世界でも類を見ない興隆を誇ったものであり、その文脈をいち早く掘り起こしたのである。特に<Cinedelic Records>の姉妹レーベルとして2016年に始動した<Soave>の活躍は目覚しく、自国の前衛の系譜へと切り込んだそのキュレーションは鋭く、ここの人気の絶頂である2017年から2018年にかけて、前述の作家の大部分を再発した。ここもまた<Music From Memory>や<Growing Bin>などの名門と並ぶリバイバル文脈の最も重要な再発レーベルのひとつであろう。このミックスの存在意義もさることながら、汎地中海の豊穣な民族文化とイタリア未来派に始まる様々なアヴァンギャルド、現代音楽、世界でも類を見ないほどに冒険的であったライブラリー・ミュージックまでもが興隆したイタリアの地の文化的豊かさと、そこに住まう人々の郷土愛に裏打ちされた、「深淵」と呼ぶに相応しい傑作ミックスとなっている。

VISIBLE CLOAKS - SANPO 100

 

そして、昨年、人気番組<NTS Radio>に番組を持つオーストラリア・メルボルンの人気ポッドキャスト・シリーズ、<Sanpo Disco>から発表された最新のミックスでは、さらに深みへと迫る。日本の作家も多く収録しつつ、もはや、まだ再発すらされていないような作品も数多くミックスした。この中でのちに再発されているのは、Daniel BacalovとPablo's Eye、山口美央子くらいである。歌モノも多く収録し、もはや、ジョン・ハッセルの提唱した「第四世界」の世界観ともまた違う異界へと至った。エキゾ/オリエンタルな要素を織り交ぜつつ、往年の音響派的な側面からもアプローチしたシンセ・ミュージックのミックスとして、孤高の境地に居るが、もはや国籍すらも遥かに超越してしまったという印象。個人的に一風堂土屋昌巳プロデュースでも知られ、昨年、急遽復活し、数十年ぶりの新譜を発表したばかりのシンガー/作曲家、山口美央子の「月姫」収録曲の「白昼夢」 をチョイスするあたりにナウみを感じる。日本のニューエイジ歌謡の中でも最高峰とも言うべき珠玉の傑作だ。ここではもはや、歴史の隅へと埋もれた音楽の「発見」や「再発見」から踏み出て、新たなバイブスやビジョンを提示していく領域へと進出している。

<Mutant Sounds>の常連客であった世界的なハード・ディガーとしてもおなじみのFour Tetにも引けを取ることはないと言えよう。

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そして、僕を含めた多くの後追いのリスナーにとって、新鮮な視点からニューエイジアンビエントへと着目、掘り起こし、コンパイルし、それらの再評価を推進した数々のレーベルを抑えておくべきであることは必須だ。前述のアンダーグラウンドなカセット・カルチャーの興隆にて発信された「新しいニューエイジ」。過去を見つめ、新たな潮流を巻き起こす数多くの再発レーベルがテン年代中ごろより数多く誕生し始めた。この潮流の初期より多大な貢献をしていたのが、地下カセット・シーンやヴェイパー・ウェイヴとも共振し、La Monte Youngの「永久音楽劇場」の再発でも知られる、ベルギーの<Aguirre Records>、Sean McCannが主宰する<Recital>(ニューエイジというよりドローンやアンビエント、ミニマルが中心であるが、Sean McCannやIan William Craigなどの作品群は非常に重要)、Laurie SpiegelやCarl Stoneらの再発でも知られる<Unseen Worlds>辺りであろう。

この中でも特に重要なレーベルについて、少し紹介する。まず、アムステルダムの<Redlight Records>が2013年より運営している再発レーベルで、Youtubeアカウントでの音源の再生回数もそれぞれ万越え、数千枚単位でヒットを飛ばし、今や世界中で大きな人気を誇る<Music From Memory>の名前は覚えて欲しい。

<Boiler Room>や<Resident Adviser>などにミックスを残す、世界トップクラスのディガーであるJamie Tillerと、バレアリック・プロデューサー、Jonny NashとのSombrero Galaxyの一員としても活動していたTako Reyengが主宰し、サブレーベルにダンス・ミュージックへとフォーカスした<Second Circle>がある。今や世界中のレコ屋が主力商品として取り扱うこのレーベルは、諸々のリバイバルに於いて最大の貢献をしたレーベルと言っても過言ではない。

サーファーでありペインターでもあるという知られざるアーティストであり、<Vinyl-on-demand>からも再発盤が組まれていた米国のアンビエント作家、Leon Lowmanの再発にて活動をスタートし、初っ端から軽く数千枚規模と思われるヒットを記録、翌年にリリースされた、イタリアのアンビエント作家Gigi Masin(Nujabesもサンプリングしていた)の作品を集めた編集盤「Talk To The Sea」もまた多くの聴衆を虜とした。そして、<Rough Trade>からデビューし、日本のファッション/サブカルチャーにも大きな影響を及ぼした甲田益也子と木村達司によるユニット、Dip In The Poolの楽曲を収めた12インチ、以前ブログにも取り上げたイタリアの作曲家、パフォーマー、サックス奏者のRoberto Musci、ブラジルの電子音楽にフォーカスしたコンピレーションである「Outro Tempo: Electronic And Contemporary Music From Brazil 1978-1992」など、傑出した発掘リリースの数々を世に送り出す。このレーベルの再発作品群には一切のハズレが存在しない。

彼らの美学に裏打ちされたヴァイヴスは、自身らの<Redlight Radio>や<NTS Radio>といった先鋭的な聴衆を魅了する人気オンライン・プラットフォームを通して、世界へと発信され、世界中のコレクターやDJが我先にと、リバイバルの先頭を目指していく。そして、数年後に登場するカナダの<Seance Centre>やイタリアの<Soave>、ベルギーの<STROOM>なども彼らの息遣いと間違いなく同期していた。ニューエイジリバイバルという一大ムーブメントに於いては、「Music From Memory」以前と以降が確かにあるのではないか?ここ2年ほどは以前ほどのようなセールス的勢いには欠けるものの、Youtubeの関連動画を漁っていく音楽好きたちにはとってお馴染みの存在になった。

また、ベルギーの<Aguirre Records>の活躍も見逃せない。 

2010年から活動するこのレーベルは、ニューエイジアンビエントのみならず、ミニマル・ミュージックやヴェイパーウェイヴ作品も掘り起こし、また、過去の名作品のみならず、当時はまだ無名であったような現行作家の作品も多くリリースしてきた存在だ。特に、ミニマル・ミュージックの宝庫である<Shandar>の作品を再発したサブレーベルの<Les Séries Shandar>の功績は偉大である。La Monte Young、Steve Reich、Terry Riley、Charlemagne Palestineといったミニマル・ミュージック史にその名を刻む真なる巨匠たちによる歴史的重要作品群を現代へと再提示していくのだ。Brainticketのメンバー、Joel Vandroogenbroeckや、テキサスを代表するシンセサイザー・ミュージシャン、J.D. Emmanuelなどによるニューエイジ系の傑作の再発も見逃せない。

そして、C V L T SやPanabrite、Pulse Emitter、Expo '70などといった、カセット界隈で活躍する現行作家の作品にも、アンビエントやドローンを中心に良質なリリースが散見される。また、蒸気の波の立役者の一人ことJames Ferraroや、New Dreams Ltd.やSacred Tapestryなど、ヴェイパー最重要作家のMacintosh Plusの別名義の名作なども再発。もはや、既に「クラシック」として語られるようになって久しいヴェイパーウェイヴの再提示も行う。<Music From Memory>ほどの爆発的なヒットを飛ばしているレーベルではないが、ミニマル最重鎮、La Monte YoungやCharlemagne Palestineの再発リリースは広く知られ、現代のミニマル愛好家にとって重要なヴァイナル盤となっている。

そして、ビート・ミュージックの盟主FLYLO主宰の名レーベル<Brainfeeder>からも作品をリリースしている名作家、Matthewdavidが<Stones Throw>の傘下で運営している<Leaving Records>も特筆すべき存在だ。

このレーベルは、ニューエイジのみらならず、西海岸・ロスアンジェルスに息づく「LAビート」シーンの命脈に深く寄り添うレーベルであり、日本からはSeiho、そして、Ras G、Dakimなど、卓越したビートメイカーを世に送り出してきた。作品数は150を優に超えている。これらのカタログのうちの幾らかは「再興以後」のニューエイジを通過したビート・ミュージック作品、「再定義(=リサイクル)されたニューエイジ」として聴きうる内容の作品となっていることも興味深いところだ。(Sun Araw & Matthewdavid「LIVEPHREAXXX!!!!」、Seiho「Collapse」、 Carlos Niño & Friends「Flutes, Echoes, It's All Happening!」、 Odd Nosdam「Sisters Remix EP」などがその例)。また、彼らがカセットでその作品を再発/発掘してきたニューヨークの名作家、Laraajiの存在も大きい。また、前述のCarlos Niño & Friendsの作品には、ニューエイジの始祖と呼ばれたIasosもゲストで参加した。また、Matthewdavidの妻であるDivaも秀逸なニューエイジ作品で知られる。

 

ところで、Laraajiは、ele-kingでのインタビューでこう述べているし、MatthewdavidもAbletonのインタビューでこんなことを語っている

ニューエイジについては、「新しいリスニング体験ができる時代」という意味で捉えている。いまのテクノロジー、技術的な進歩によって可能になった、自分たちの耳で捉えることのできるサウンドのテクスチャーとか新たな聴き方があると思う。たとえば、みんな車のなかで聴いたり家で聴いたりすると思うけれど、より良い音でより良いテクスチャーでその音を体験できる時代がいまはある。それがニューエイジだと、私は思っているよ。」

(interview with Laraaji ニューエイジの伝説かく語りき  | ララージ、インタヴュー | ele-king)

Leaving Recordsで私がやろうとしているのはニュー・エイジの革新、つまり現代に向けたニュー・エイジの新機軸と拡大です。Matthewdavid

(Abletonによる2016年3月24日のインタビュー記事より)

ニューエイジリバイバル」においては、新時代の世界的ムーブメントの核たるオルタナティヴな音楽的視点と聴取感覚、審美眼、それらを軸とした先人らのキュレーションの成果が顕著だ。更地からインフラを整備していくか、それ以上にハードであった発掘作業、そして、それらの草の根的な発信の成果である(サラッと書いているけれど、時には人からバカにされたりまでしながら、途方もない苦労を伴いつつも実現させてきた大いなる運動)。これらの動きを追いかけるように現れた発掘レーベル群による再発盤やコンピレーションの編纂、そして、各地のコレクターやマニアたちもYoutubeチャンネルやMP3ブログで我こそは先にと呼応するかのようにその流れに加わっていった。先駆者たちのスピリットや美学、真摯なまなざしに惹かれた各地の貪欲な聴衆にも支えられ、さらなる拡張、深化が進行。10年以上にも及ぶ壮大な旅路のなかで、「ニュー・エイジ」な音楽は、よりオーバーグラウンドな領域への伝播していくことになった。

アニメのイメージ・アルバムからミュージック・コンクレート、クラウトロック、突然変異で生み出されたオブスキュアな自主盤、ECMのバレアリック風のジャズなどにいたるまで、文脈も背景も出自もコンセプトも全く異なる作品たちが、同じ美学の中に息づくコレクティヴとして収集され、包括され、この巨大なムーブメントの仲間として集うことになった。これらを如何に新鮮かつユニークな角度で捉え、慎重に位置づけ、強固な美学のもとにコンパイルしていくか、という気の遠くなる作業。これらのイバラの道へと清々しいほどに狂い続けた知られざる人々がいたからこそなし得たのが「ニューエイジリバイバル」である。

ちなみに、個人的には、世間一般でよく言われる、「ニューエイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックそのもの」が再評価されている、というような認識はあまり正確には思えない。確かにヤソスやスティーヴン・ハルパーンを始めとした「オリジナル・ニューエイジ」の一部の作品やヒーリング・ミュージックの有象無象は、また新たな形での地位を得ていることは間違いないが、それらは「ニューエイジリバイバル」の文脈では無いと思っている。例えば、主に発掘レーベルからアナログ再発される作品は、リバイバルの軸となるコンテンポラリーな音楽視点、聴取感覚へと合致した作品であり、主にそれらの空気感に通底している未知の自主盤などがリバイバルの文脈へと位置づけられていっているのであり、実は、旧来のニューエイジ・ファンの登竜門である、「あのレーベル」も「このレーベル」の作品も必ずしもそこにはリンクしている訳ではなかったりはする。

また、ニューエイジ音楽とは、ジャンル化以後、いくらヒーリングやアコースティック寄りにはなっていっても、原初の音楽様式が必ずしも存在しているかと言うとそうでもない。ニューエイジャーによる表現手段としての音楽=「ルーツ・オブ・ニューエイジ」(ジャズ、クラシック、ロック、ブルースなど実に多岐にわたる)というものをイメージすれば、理解しやすいだろう。

ニューエイジ・ミュージック・リバイバルで評価された作品たちとは、俗に言う「ニューエイジ・ミュージック」や「ヒーリング・ミュージック」以上に、「オリジナル・ニューエイジ」などに対する「リバイバルニューエイジ」とでも言うべき枠組みであり、リバイバル以降のオルタナティヴな視点から読み解かれ、再収集、包括された既存の音楽、または再デザインされた新規に作られた作品群である。ジャンルや様式を問わず、リバイバル以後の「ニューエイジ」の審美眼に合致した音楽(相当な部分が知られざる自主盤や電子音楽、前衛音楽、辺境の音楽など)が、これらのムーブメントの中で、「新たな名盤」としての地位を得た。

音楽ジャンルやスタイルを横断。当初の文脈から(時には乱暴に)音楽的に切り離し、新規な文脈や意味、価値を付与。新たな枠組みの1区画として位置付け直していく、という極めてリスキーな作業の繰り返し。それを支えたのがリバイバルに関わってきた人々の審美眼だ。その結果、無数の再発盤やコンピレーション作品群が発表され、多くの人々の手元に届くこととなった。そして、今も、それらのアーカイブが蓄積し、解釈はより洗練、拡張、深化され、さらなる拡大が行われ続けている。

これらの原動力はやはり、貪欲なリスナーたちのスピリットそのものである、「ここではないどこか」への憧憬により支えられている。もとある場所への真摯な眼差しとそれらを背負う覚悟と共に、己のスタイルと美学を貫き通してきたディガーやオリジネイターたちの狂いっぷりである。そして、それらに大いにインスパイアされてきたからこそ、自分のような後追いの人間はここにいることができる。

既存の文脈から解き放ち、新たな文脈とそれを支える強固な美学のもと、これまで想定しえなかった角度からその味わい深さ、奥深さを引き出すこと(オルタナティヴな視点から再収集し、再考証、包括、コンパイル、再デザイン、拡張という一連の運動)。これらの長年の積み重ねの成果として「これまでになかった」聴取感覚が生み出され、数十年前の忘れ去られ、失われた、無視された、虐げられた数多の音楽(ジャンクや失われた名作、時代の遺物)たちが「新譜」として現代に蘇った。

そして、再発系のレーベルに関しては以下などに目を通すと裾野がかなり広がるはず。

Growing Bin / Seance Centre / Unseen Worlds / Recital / STROOM / Lag Records / Freedom To Spend / Musique Plastique / Into The Light / EM Records / Orbeatize

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自主レーベル<New Age Tapes>を主宰し、何十もの名義を使い分け、80年代をソースとしたニューエイジやシンセ・ポップを量産し、ヴェイパー・ウェイヴ・ムーブメントの雛形となったJames Ferraroや、ブルックリンを拠点に活動し、インディ・レーベル<Software>を主宰、ヴェイパー・ウェイヴのプロト・タイプとされる金字塔、Chuck Person名義の「Eccojams Vol. 1」を残したOneohtrix Point Neverなどの活躍によって、着実に「テン年代ニューエイジ」のドレスコードが確立されていった。

いわゆる、10年代以降の「ニューエイジ」とは言っても、テン年代的な電子音響であったり、初期のGrimesなどを起点にインディの文脈から「再興」したシンセ・ポップ、レフティなクラブ・ミュージック、カセット地下の箱庭世界で試みられた自由でワイヤードな実験の数々、ヴェイパーウェイヴ、前述したヒプナゴジック・ポップ、チルウェイヴ、シンセウェイヴ果てはポスト・インダストリアルといった新規なサウンドなどといった異ジャンルや異文脈を、「ニューエイジ」と位置付けることで、全く「別物」の、新規な様式かつ文脈の音として再デザインされたものが中心だ。オリジナル・ニューエイジ(ただしそれも様式やジャンルを伴わない思想がありきの音楽)やヒーリング・ミュージックと言われた従来のサウンドとは一線を画す作品も数多く存在した。

それらの流れは、特に2013年頃から際立ち始めていたと感じている。「ニュー・エイジ」な質感と新興の異ジャンルとの混淆が目立ち始めた同年には、Sapphire Slows「Allegoria」、Holly Waxwing「Goldleaf Acrobatics」、Angel 1「Liberal」、Co La「Moody Coup」、翌2014年には、D/P/I「MN.ROY」、Imperial Topaz「Full of Grace」、Torn Hawk「Let's Cry And Do Pushups At The Same Time」、Seahwaks「PARADISE FREAKS」、RAMZi「Bébites」など、「再定義されたニューエイジ」がいよいよ大きな勢力を持つようになった。

特に、<Not Not Fun>/<Big Love>脈である東京の女性プロデューサー、Sapphire Slowsの「Allegoria」は国産の作品として、ひとつの到達点的な一枚であろう。また、Luke Wyatt名義でも知られる、ビデオ・アーティストのTorn Hawkによる、国内流通盤もリリースされた「Let's Cry And Do Pushups At The Same Time」(邦題 : 泣きながら腕立てしよう)は、元EmerarldsのMark McGuireを迎え、マニュエル・ゲッチングの「E2-E4」など往年のジャーマン・エレクトロニクスの感触を思い起こさせる、フェティッシュな感触のコスミッシェ・ミニマル傑作であり、当時、実験系ファンだけでなく、オルタナ/インディ系のリスナーにも広くリーチし、各地で話題を呼んだ。

2015年に入ると、Tim Heckerのコラボレーターとしても知られるカナダ出身のキーボーディスト、Kara-Lis Coverdaleや、おなじみVisible Cloaks、西海岸からアムステルダムを拠点に<Melody As Truth>レーベルの中心人物として活動する新世代バレアリックの貴公子のSuzanne Kraft、そして吉村弘、HANS-JOACHIM ROEDELIUS、東京のアンビエント作家、H.Takahashi、ニューエイジ/電子音楽のパイオニア、Suzanne Cianiともコラボレーションした米国の女性作家、Kaitlyn Aurelia Smithなどに代表される作家たちがいよいよ傑出した作品を数多く記録し始める。同年のカセット・シーンの最盛期や、翌2016年に迎えることとなるヴェイパーウェイヴの最盛期ともリンクしてよりオーバーグラウンドなシーンへと進出する作家もさらに増えていく時期だ。

そして、2016年には、ハウス・レーベル<Future Times>を主宰するMaxmillion Dunbarの中核メンバーとしても知られ、Visible Cloaksとも共作を果たすMotion Graphicsが英国の名門<Domino>からデビューを果たすなど、「テン年代ニューエイジ」はいよいよメジャーへと近づいていく。また、スペイン・イビザ島の高級ホテルでDJとして引っ張りだこであり、同地で<International Feel>を主宰するウルグアイ出身のMark Barrottも最新系のバレアリックを切り口にニューエイジ再興を大いに推し進め、この時期はその人気の絶頂期でもあった。これらの現行作家群の力強い動きに連動するかのようにこの頃からニューエイジアンビエントの過去のレコードの再発も増え始めていくこととなり、翌年の2017年には、序盤で述べたVisible Cloaksの金字塔「Reassemblage」の発表。そして、スイスの<WRWTFWW Records>より、高田みどりの「鏡の向こう側」の再発という一大イベントも実現していく流れとなった。

このようにして、枚挙し切れないほどに膨大な要因が複雑に絡み合い、「ニューエイジリバイバル」は進展していく。日本の80年代シティ・ポップの世界的な人気や「和物」ブームさえも大いに絡んでいよう。また国内では、Chee Shimizu氏の<Organic Music>やdubby氏の<Ondas>、北海道の<silencia>、discogsの調査で世界で最も行きたいレコ屋にも選ばれた<Face Records>、大阪の<Rare Groove Osaka>に<Revelation Time>といった、ニッチなニューエイジや辺境音楽、オブスキュアな和物などを扱う個性的な中古/レア盤店の果たしてきた役割も見逃せない(Rare Groove Osakaに至ってはオブスキュア目線で80年代アニメ/漫画の「イメージ・アルバム」やサントラまで紹介してきたりとリバイバルのさらなる先を取り越していた。)

序盤で述べた通り、2019年現在、「ピーク」を迎えたようにも感じているニューエイジリバイバルであるが、リバイバルそのものはこれならも際限なく深化を続けていくはず。そこに切り込む感性と価値観、アイデアのアップデート次第で「コンパイル」は無限であり、未だ見ぬ新たな絶景は何度でも現れることだろう。人々のヴィジョンがこれからも変容し続けていく限りは、いくら掘り尽くされても掘り尽くされるということはないはずだ。「ニューエイジリバイバル」という、その発端へと遡れば実に15年近くにも及ぶ一大ムーブメントが、後追いの僕に教えてくれたのは「オルタナティヴで在り続ける」ことの魅力(と「更新」される爽快感)と、何よりもそれを続けていくための「ディグ」の楽しさなんじゃないかなと思う。

第二版出来

「ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド(DU BOOKS)」

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